賢一たちの前で、隊長は連絡をしなかった理由を病院を眺めながら語ろうとする。
「我々の部隊は、本来は基地警備を行う部隊だから通信機が優先的に配備されていない」
「はっ?」
隊長の口から出た言葉に、賢一は驚いてしまい、不意に一言だけ発する。
「また、困った事に…………出動時のドタバタで通信兵が、間違って、他の部隊に随行していったようだ」
「病院には? 他に通話機能がある物は?」
所属部隊の間違いは、いざ戦争となった時に起きる事であり、隊長が言うような事例は多々ある。
賢一は、それを聞きながら、ゆっくりと両腕を組んで、さらなる質問をした。
「病院の無線機も、ゾンビ・パニックの最中、中で警備員たちが破壊してしまったらしい? どうやら、ゾンビを倒すために散弾銃を撃ったようだ」
「なら、連中の無線機は? 彼らも、装備しているだろう」
隊長の話を聞いても、賢一は、冷静な顔で、別な手段があるだろうと問う。
「身につけている物は、院内での戦闘中に、ゾンビと揉み合っているうちに、壊したんだそうだ」
残念そうに語りながら、隊長は病院の方を眺めると、こちらを誰かが見下ろしている。
それは、不安気な顔を向ける、患者や医師たちを含む、多数の避難民だった。
「院内感染も酷くて、医師や看護師も…………」
「分かった、なら俺たちが連絡するっ!」
隊長から話を聞いても、気が滅入ると思ったため、賢一は彼の言葉を遮る。
そして、ポケットから無線機を取り出すと、状況を報告するため、甘に連絡する。
「…………
『そうだったのか? こちらは他の部隊と連絡を取って、合流できた…………現在、刑務所は避難所として、うまく機能している』
無線機に顔を近づけて、賢一は現況を、甘に報告すると、向こうも今の状態を教えてきた。
『そちらは、どうなんだ?』
「人手が足りなさそうだ、軍の部隊と警備員が何人か存在するが、それだけだ」
甘の声に、賢一は険しい表情をしながら、何人か歩いている、兵士たちを眺めつつ答える。
『こっちから回すより、ビーチの方が近いな? じゃあ、ビーチ方面の生存者グループに連絡して、そっちにも人手を回すように頼む』
「分かった、追ってまた連絡する」
こうして、病院の防衛問題は、甘と賢一たちの話し合いにより、無事に解決された。
『ああ、無事でな?』
甘は、それだけ言うと、無線を切ったので、賢一は無線機をポケットにしまった。
「だ、そうだ? 何人か、ここの防衛に人員を寄越すらしい」
「協力、感謝するっ! 本当に助かった」
賢一の言葉を聞くと、隊長は笑顔を浮かべながら、彼に握手を求めた。
「隊長、銃器の回収が終わりました? 死体はどうしますか? 焼けば臭いに引き寄せられて、連中が来ますよ?」
「ああ? 後で、死体は遠くへ捨てに行こう…………それまでに、トラックに積んでおけ」
いきなり、白人兵士が現れて、死体を運ぶ仲間たちを指差して、隊長に報告する。
「よっ!」
「ほっ!」
「あ、待ってくれないか? その黒人ギャングの死体は調べさせてくれ」
白人兵士と黒人兵士たちは、ギャングやゾンビを問わず、死体を持ち運んでいく。
それを見て、賢一は、黒人ギャングの死体から、拳銃を拾っていた事を思いだした。
「コイツの拳銃は、俺が拾ったんだっ! 他にも、使える弾薬が残っているかも知れないっ! 頼む、調べさせてくれ」
「それなら、抜いてあるぜ」
「予備弾倉が、二個しかなかったぞ」
賢一は、白人兵士と黒人兵士たちに、黒人ギャングの死体を下ろして欲しいと言った。
「下ろすぞ、ほらっ!」
「ああ、分かった」
「ありがとう」
黒人兵士は、白人兵士とともに死体を下ろすと、愛想の良い笑顔を向けてきた。
それと同時に、ポケットから十四年式拳銃の弾倉を取り出しながら、賢一に渡してくれた。
「それより、死体を運ぶのを手伝ってくれ」
「俺たちだけでは、手が足りないからな」
「そうだな、よしっ! やるぞ」
黒人兵士と白人兵士たちは、再び死体を運び始めると、賢一も彼らの仕事を手伝った。
それから、車を移動させたり、武器を調べたりして、時間が過ぎていった。
「賢一、連中と銃を分けあってきたよ」
「ウィンチェスターライフル? それもカービン型だな? あと、AR15か?」
モイラが両手に、ライフル銃を持ちながら、賢一が座る、自動車のボンネットへと歩いてきた。
ここは、バリケードの真ん中であり、彼女は黒いハーネスを身につけている。
「ああ、こっちのはアンタにやるさ? これ、兵隊たちから聞いたけど、こっちじゃ、ヘンリーと言うようだね? でも、どこの会社のかは分からないね? 色んな会社が、コピー生産しているし」
「いいのか? モイラ? AR15の方が撃ちやすいのに?」
モイラは、AR15を、賢一に渡すと、自分は病院の向かい側にある建物に銃口を向ける。
「まあね~~? でも、こっちのが? 一発ずつ弾を入れるから面倒だけど、その代わり、マガジンが要らないし、銃自体も弾も軽いからさっ!」
「なるほど、弾丸だけなら、
そう言いながら、モイラは、ズボンの左側ポケットを叩くと、ジャララと音が鳴る。
AR15から、弾倉を取り出して、中の残弾数を調べて、賢一は中身が減っている事に気づく。
「と言うか、そのハーネスは? 兵隊たちのじゃ、無さそうだが?」
「これは、ゾンビ達から手に入れたんだよっ! フレッシャーの中に、作業員らしき奴が居てさ? ソイツから剥ぎ取ったんだよ」
賢一は、モイラが身につけているH型ハーネスが気になり、質問してみた。
彼女は、両脚にまで、レッグホルスターのように、それを装着している。
「なら、次は弾帯が手に入ったら、装着できるな? と言うか、皆は?」
「他の連中は、中に入って休んでいるようだね? 病院の中は、クーラーが効いているし」
ふと、賢一は仲間たちの姿を気にして、モイラに彼等の行方を尋ねた。
「なら、俺たちも中に入ろう? ここは兵隊たちに任せて、休みにしようや」
「だね~~? どんな強靭な戦士も、休養を取らないと、戦いに負けちまうしさっ!」
そう言うと、賢一は立ち上がり、車の隙間から病院へと向かい、モイラはトランク側に登る。
こうして、二人は病院の正面玄関へと、ゆっくり並びながら歩いていった。
「おっ? やっぱり、中は涼しく…………ないな? ここは外と変わらない地獄だぞ」
「まあ、地元の人間にゃ、この暑さが当たり前だからね? 流石に、病室や奥の方では、クーラーが効いているだろうけど」
中に入ってから、賢一は、直ぐに愚痴を溢して、モイラは受付外来を見渡す。
「まあ、昼を過ぎてるし、もう午後二時か? そういや、飯を食ってなかったか」
「だったね? 他の連中は、何をしているのか?」
賢一とモイラ達は、並べてあるベンチの間を通り抜けながら、色々な人々が話す声を聞いてしまう。
「聞いたか? さっき、生存者のチームが、ギャングを撃退してくれたらしい」
「それなら、良かったが…………次に、ギャング達やゾンビが襲撃してきたら、どうなるやら」
「患者の薬が足りないわ、どうにか成らないかしら?」
「ふぅ、ダメだわっ! この状況じゃあ、他の薬局に行くしか」
「こんな木製バットが、一本じゃ、ゾンビを止められないぜ」
「銃を持ってても、撃ったら追われただろっ! 奴ら、銃声でも集まってくるんだからなっ!」
左側から、レミントン870を構える白人と黒人の警備員たちが、話し合いながら歩いてくる。
右側では、東アジア系の看護師と黒人看護師たちが、深刻な表情をしながら立っている。
白人生存者と東南アジア系の生存者たちも、ベンチに座りながら愚痴を溢していた。
病院の中は、老若男女を問わず、さまざまな人々が避難していたが、みんな困り果てた様子だった。