賢一とモイラ達は、病院の薄暗い受付外来を、ゆっくりと歩いていた。
二人は、受付カウンターの左側にある売店に向かっていこうとする。
「この病院の薬局には、薬がないし? 病院内の保管庫にもないし…………」
「別の病院に行くはずが、内戦とゾンビ騒ぎで、ここに来るしかなかったと?」
東アジア系の看護師と黒人看護師たちが、深刻な表情をしながら立っている。
「はあ? 薬不足か? 助けてやりたいが、他にやる事があるからな…………しかし、見捨てるワケには」
「いかないね~~? 私達が薬局に行って、薬を取ってきてやろうか」
周囲には、ゾンビの襲撃から逃れた人々が集まっているが、中でも看護士たちが目立つ。
白いナース服を着ている、彼女たちが話す内容は、患者のために何か出来ないかと悩んでいる。
「メトプロロールさえ、ここの病院にあれば…………」
「私たちじゃ、取りに行けないし」
東アジア系の看護師と黒人看護師たちが、先ほどと同じく話を続けている。
苦悩と、ゾンビに襲われるかも知れない恐怖感に満ちた表情を、彼女たちは互いに浮かべていた。
「アンタら? 薬が欲しいのか? 名前を書いた紙をくれれば、他の薬局から持ってきてやるぞ」
「私たちは、救出部隊みたいな物だからね? ついでに、運び屋も請け負うけど?」
賢一は、看護士たちに話しかけると、モイラも同じく、二人の頼みを聞いてやろうとした。
「え? でも…………いいんですか? 外は、危険なのにっ!」
「そうよっ! 街には、ゾンビやギャング達が潜んでいるのよ?」
「まあ、俺たちも正直に言うと、不安はあるが、困っている人々を、放置する事は出来ないからな」
「ギャングの銃弾やゾンビ達は、怖いけど、それでも、誰かが行かなくちゃねっ!」
東アジア系の看護師は、驚いた表情になり、黒人看護師も、ビックリしながら大丈夫かと思う。
彼女たちの目には、不安が浮かんでいたが、賢一は二人に微笑みかけ、勇気を与えようとした。
モイラは、自信満々に答えながら、ドンッと胸を叩いて、双丘を揺らした。
その余りにも、堂々とした姿に、外来に
「ねえ? それなら、ここに行って貰えるかしら? ここから近いんだけど、私たちは行けないから」
「他の薬も持ってきて、貰えるかしら? このメモに必要な物は、書いてあるから? あと、行き先も」
「ここは…………次の行き先と被るな? 目標地点より少し向こうだ? これなら、行く事ができる」
「依頼は、確かに受けたわっ! もう少ししたら、出発するから任せなっ!」
東南アジア系の看護士が、薬を調達してくるように頼むと、黒人看護士は、メモ用紙を渡す。
渡された紙を見て、賢一とモイラ達は、薬局の位置が、地図が役場と近いことを確認した。
「じゃあ、頼みましたわ」
「私たちは、仕事に戻りますから」
「ああ、任せてくれ…………と、飯を食いに来たんだったな」
「あら? 本題を忘れてたわ」
東南アジア系の看護士は、受付外来から、廊下に向かっていき、黒人看護士は反対側に歩いていく。
賢一とモイラ達は、腹を空かしている事に気がつき、二人とも売店に行こうとした。
「お前ら? 売店なら、停止中だとよ? なんでも、非常事態だから配給制にしているらしいぜっ!」
「それに、食べ物の配給は終わったらしいわ? 店頭のは無くなったし? 昼の病院食も無くなったとかね? あとは冷凍保存しているのしかないとか?」
「はあ? それじゃ、俺たちは何を食えばいいんだよ? まさか、ゾンビの血液を飲めなんて、言わないよな…………」
「冷凍保存しているのは、出さないのかい? それを食べればいいじゃない?」
売店へと向かって、二人が歩いていると、前方から、ダニエルとエリーゼ達が現れた。
彼等の話を聞いて、賢一は愚痴り、モイラは困った表情を浮かべながら、両腕を震わせる。
「いいや、安心して…………兵隊たちから、ギャング連中の車を貰ったけど、アイツら、コンビニ弁当を盗んでたのよ」
「クーラーボックスに入ってたしっ! それを分けてやるから、あっちで、食いながら話をしようぜ」
「それを、先に言ってくれな? じゃあ、奥に向かうとしますか」
「何の料理があるか、楽しみだね~~! 戦場での兵隊の楽しみは、料理を食べる事だけだからねーー♫♬」
エリーゼとダニエル達は、廊下の奥へと歩きながら、食べ物に関して語る。
二人に着いていきながら、賢一は疲れた表情で、モイラは気分よく進んでいく。
「あっ! 二人とも、待ってましたよ?」
「遅かったな? 何処に居たんだ? ふぁ~~?」
「悪い…………疲れて、ボウッとしてたわ」
「アタシは、死体を運んだあと、ゾンビが来ないかと、警戒してたね? 兵隊たちの手伝いさ」
姿が見えなかった、二人を見ると、メイスーは椅子に座りながら声をかけてきた。
ジャンは、いかにも眠そうな顔で、欠伸をしながら両腕を天に向けた。
食堂に幾つかある白い丸テーブルへと向かう、賢一とモイラ達の目に、美味しそうな料理が入った。
プラスチック製の容器に載せてある、スパゲッティが並べてあった。
「さて、飯を食わせて貰うか? 頂きますっ!」
「ガツガツ食うよっ! お腹が空いてるからねっ!」
「それで? これから、どーーすんだ?」
「昼から、いったい何をします?」
賢一とモイラ達が、フォークを掴むと、ダニエルとメイスー達は、午後の予定を聞いてきた。
「ギャングの車を貰ったんだろう? なら、それに乗って、次の目的地に向かう」
「次は、役場の防衛部隊に合流するんだよっ! その後は、薬局に立ち寄りながら、缶詰め工場に行く」
「なら、用事は先に済ませとかないとね」
「向こうも、生存者たちが無事だと良いんだが…………」
賢一は、スパゲッティを食べながら語り、モイラは複数の行き先を告げる。
カメラのバッテリー残量を、エリーゼはチェックすると、ジャンはタガネを真剣な顔で握る。
「まあ、今から新派しても仕方がないさ」
こうして、賢一たちは食事と話し合いを終えると、病院の外に出ていった。
「これか? さっきの撃ち合いで、見た奴だな? 灰色の軽トラか? よく、日本の田舎とか海岸で、ジジババが乗るやつだ」
「いいから乗って、私たちに遊んでいる暇はないわよ…………」
「こっちの準備は、出来ているからな」
「みんな、乗っているかい? なら、走らせて貰うかいっ!」
駐車場に、置いてあった軽トラを見て、賢一は不意に呟いてから、運転席のドアを開けた。
荷台後部の左側に座る、エリーゼは真顔で呟きながら、太陽光を受けて、眩しそうな表情になる。
モスバーグM500散弾銃を、右手に握りながら、ジャンは荷台後部の右側に座る。
助手席に腰掛けているモイラは、コルト45の安全装置を切り替えた。
「悪い、悪い、じゃあ? 出発させるぞっ!」
軽トラは、駐車場の正門にまで走っていくと、一度手間で、段々と速度を下げながら停車する。
「出発するのか? 開けてやれ」
「分かった」
白人兵士が頼むと、ピックアップを左側へと、黒人兵士は移動させる。
「さっきの戦いで、ギャング達が使ったやつだな?」
「だろうな? はやく、退かして欲しいぜ」
「この先は、また敵がくる可能性が…………」
多数の弾痕が、空いているピックアップを見ながら、賢一は、再び軽トラを走らせ始める。
ダニエルは、立ちながら屋根の上で呟き、メイスーは右側で、長い収納ボックスに座る。
「俺たちは、役場の方に行ってくるからな? 戻ってきたら、また空けてくれよ?」
「了解した、気をつけて行ってくれ」
そう言って、賢一は軽トラを敷地内から出すと、白人兵士は、その後ろ姿を見送った。