賢一たちは、不気味な吠え声を聞きながらも、市役所内の長い廊下を歩いた。
やがて、彼等は夜勤職員や災害時などに、使用するためのシャワールームに着いた。
「ここが、シャワールームです」
「我々は、待機してます」
「おお、ゾンビが入って来ないように頼むぜ? ケツを噛まれるなんて、ゴメンだからな」
「下ネタを言ってないで、早くいきなさい」
白人兵士と黒人兵士たちは、両脇で自動小銃を肩に担ぎながら立つ事にした。
その真ん中を、ズカズカと歩きながら、ダニエルが冗談を言うと、エリーゼは後ろから蹴りを放つ。
「痛いっ!? ちょ、冗談くらいっ!!」
「そんなこと、言ってないで、早くしないと? また、やられるわよ」
「もう、一撃必要かしら?」
「面倒を起こすな…………子供じゃないんだからな」
「これが、駐屯地内だったら上官に、ペナルティーを喰らってるぞ」
ふざけながら、シャワールームへと逃げ去っていく、ダニエル。
そんな彼を見ながら、モイラは呆れ返り、両腕を組ながら、首を振るう。
エリーゼは、パンチを繰り出そうと身構えたが、冗談で言ってるだけなため、もちろん止めた。
両腕を組ながら、ジャンは愚痴りつつも、足早に個室へと進んでいく。
皆の背中を見ながら、賢一は上着を脱ぎながら、歩いて行った。
「と、とにかく、浴室に行きましょう」
仲間たちに遅れると思って、メイスーは慌てて、子走りし始めた。
「最後のグループですね? 現在、水道水や電力消費の問題から、長くは浴びられませんので」
「女性の方は、どうぞ、こちらへ」
東南アジア系の男性兵士は、手短に、シャワーを浴びられる時間が短いことを説明する。
太平洋系の女性兵士も、ドアから避けて、三人を部屋へと案内した。
「ふぅ~~スッキリするぜ」
「ああ、熱い湯が疲れを流す」
男性用と女性用に、別けられている、シャワールームへと入ったあと、ダニエルは頭を洗う。
ジャンは、背中に手を回しながら確りと、体の隅々まで、綺麗にしようとする。
「ふぅ? 噛まれても、平気とは言え? 実戦と銃撃音…………ブラックホークダウンとは違うよな? 熱いのに震えが止まらない」
シャワーを浴びながら、賢一は今日の戦いを思いだし、色々と考えてしまう。
まるで、喧嘩や教師に然られた後みたいに、恐怖で体が硬直して、緊張からブルブルと震えるのだ。
「はあ? もう自衛隊なんて、辞めようと思っていたのに、こんな事に成るとはな」
賢一は、戦争映画やアクション映画に憧れて、自衛隊に入隊した。
しかし、度重なる厳しい訓練や上官からの罵倒に加え、今回はゾンビとも戦った。
そのため、彼はストレスから心身共に、限界に達しており、恐怖感や倦怠感が浮かんでいた。
これは、PTSDを発症し始めており、その疲れは、いずれ爆発してしまうだろう。
「時間です? 着替えて下さい」
「もう、そんな時間か? あまり、考えるのは止したほうが良いな? それに生き残らないと、いけないし」
東南アジア系の兵士が、声をかけると、賢一は即座に、タオルで体を拭いた。
いつ、PTSDにより、精神が壊れるか、分からないが、それでも今は戦うしかない。
だから、彼は迷彩服を着ながら、シャワールームから素早く出ていった。
それから暫くして、兵士たちに護衛されながら、体を洗った彼等は、小会議室へと戻ってきていた。
「ふぁぁ? やっぱり、髪を洗うと、サッパリしますね~~」
「同感だわ、これで、グッスリと寝られる」
「マットかい? よっと、基地や船室のベッドが恋しいわ」
いつの間にか、小会議室には、青い運動用マットが敷かれており、そこで眠れそうに見えた。
恐らくは、兵士か警備員たちのどちらかが、就寝用に用意してくれたと思われる。
ドンッと、ドアから一番に近いマットの上に、身を投げると、メイスーは両手を天に向ける。
「さて、今日は寝ようか? テレビでも見られれば良いが、そうも行かないからな」
「ここには、テレビが無いし? 何にもする事がないからね」
賢一とモイラ達は、マットに寝転ぶと、すぐに寝ることにした。
それから、時は過ぎていき、朝陽が市役所を照らす時間になった。
「後は…………ぐっ! うあ」
「早くしろっ! ダラダラしていると、撃ち殺されるぞ」
有刺鉄線を潜り抜け、泥沼を前進する賢一は、次は崖に垂らされるロープを掴む。
しかし、彼に狙いを定めた訓練教官は、尻や府ともを後ろから蹴りまくる。
「うわああっ! うおっ!? 冷たい…………ごぼごぼ」
夜間上陸作戦で、上陸するための揚陸艦から海面に落下した賢一。
その喉や肺に、大量に海水が流れ込み、苦しみながら叫ぶ事もできず、彼はパニックに陥る。
「グオオオオッ!?」
「グエエエエ~~~~!」
「うぇ…………うあ」
続いて、ゾンビの大群が現れたかと思うと、一気に、彼を包み込んでしまった。
「うわあっ!? は、は、はぁ? 夢か?」
右手首を見ながら、僅かに残っている噛まれた後や、周りを眺めては、賢一は溜め息をつく。
「なんだ、朝か? 飯は、まだか~~? やっぱ、ビールがないと良く眠れないぜ~~たく」
「ん? もう起床時間か、昨日の夜を人々は、安全に過ごせただろうか」
「うおし、皆も起きたか? 今日は…………また、ゾンビと戦うのか? 面倒だが仕方がない」
ダニエルには、今の叫び声が聞こえたらしく、眠たそうな顔で、体を起こした。
消防士として、早朝の早起きに慣れているため、ジャンも早くに目が覚めた。
弱みを見せないように、賢一は何事もなかったかの如く、平静を装った。
内心では、心が悲鳴を上げていたが、今は非常事態であるため、弱音を吐くワケには行かなかった。
「ふああ? 朝だね」
「おはよう御座います」
続いて、二人も早起きに慣れているのか、モイラとメイスー達も、目を覚ました。
「んあ、朝かしら」
エリーゼが最後に起きると、コンコンとドアが叩かれる音が室内に響いた。
「朝食の時間です? それと、食べ終わり次第、我々を呼んで下さい」
「物資集積所まで、ご案内します」
それだけ言うと、白人兵士と黒人兵士たちは、朝食のトレーを置いて出ていった。
「乾パン、クラッカー? それに、インスタントスープ」
「まあ、朝からガツガツ食べると、胃が
インスタント料理を前にして、賢一が呟くと、モイラはカップに手を伸ばす。
それから、スープに乾パンを浸しながら、皆で食事を行い、手短に朝食を済ませた。
「はあ、昨日より涼しい感じがするな? 早朝だから潮風が吹いているからか?」
「だろうね、さあ、それより物資集積所に行こうか」
「そうしましょうっ! 済みません、用意ができました」
「時間か、ケッ! 行きたくねぇぜ…………」
昨日より僅かだが、室内の温度が下がっているのを感じて、賢一は呟く。
モイラも節電のため、少し暑かった部屋が、今は涼しめになっている事を肌で感じた。
そんな中、メイスーは勢いよく小型バックパックを背負うと、ドアを開いた。
愚痴りながらも、ダニエルは後を着いていき、廊下に出て、左右に立っている兵士を見つける。
「時間だろう? 物資集積所まで、案内してくれや?」
「分かりました」
ダニエルの言葉を聞いて、白人兵士と黒人兵士たちは、彼等を長い廊下へと連れていく。
そうして、市役所の入口から出ると、業務用バン&コマンドウ装甲車などが、左側に見えた。
「あちらの方で、弾薬が受け取れます」
「隣は、避難してきた商人らしいです」
白人兵士と黒人兵士たちは、そう言うと、賢一たちから離れていき、市役所に戻っていった。