「おい田中委員長、読んだか。こんなの前代未聞だよな!」
同僚で労働組合副委員長の
ぼくが細いマッチ棒みたいな体格だったから、傍目からみたら丸本の方がどっしりとして偉く見えることだろう。
その通達紙面が配布されたのは、お盆休み前の昼休みだった。我が社の一般社員200名全員に、なんと『
「どうやら人事部が社長の命令で極秘に暗躍していたらしい」ぼくは怒りに赤く染まった丸本の顔を見あげた。
「これによるとだな・・・」丸本が毛虫のような太い眉をあげて通達を読み上げる。半袖のワイシャツから出たたくましくしかも毛深い腕が印象的である。「不況により我が社の業績は悪化の一途をたどっている。よって苦渋の決断ではあるが、リストラを敢行する運びとなった。ついては、対象となる社員の名前を各自一名推薦していただくことにより、リストラをスムーズに推進したいと考える。ただし、自分自身の名前を記入した場合には無効とする・・・・・・だとさ」
「しかし、おかしくないか」ぼくは丸本に言った。「会社がリストラを実施する場合、まず自主退社を募るのが普通だろう?」
「そこなんだよ委員長。この会社がずるいところは」
「どういうことだ?」
この丸本という大柄な男は、見かけによらず常に細かいところに気を配ってくれるから頼りになる。
「まず第一に自主退社を募集した場合には、退職金の上乗せをしなければならない」
「そりゃそうだ」
「そして第二に、会社として必要な人材が不本意に他社に流出してしまう恐れがある」
「クソ!なんてケチくさいやつらだ」ぼくは口をへの字に曲げた。
「だろう。ひどいもんだ」丸本が机をたたいた。「しかも提出期限は盆休み明けの出勤初日だというじゃないか!」
「それで、どうする?」
「おれに考えがある。名付けて『サークルリレー作戦』だ」
「なんだいそれ?」
「田中委員長。もはや組合執行部を招集して話し合っている時間はない」
「それはそうだ」ぼくは肯いた。
「だから、200人の組合員名簿は各自が持っているはずだよな?」
「うん」
「各自に自分の下の名前を書かせるんだ。一番下の組合員が一周まわって最上段の人間、つまり委員長の名前を書いたら終了だ。そうすれば必ず各自に1票ずつ票が集まるってわけさ。全員同率の1票だから、組合員からリストラ者が出ることはないっていう寸法さ」
「すごいな丸本くん。そんなことよく考えついたね。すぐに執行部に通達だ!」
「ひとり残らずこの作戦に参加させることに意味がある」
「よし頼んだぞ!」
ぼくと丸本はしっかりと握手を交わした。なんという美しい光景だろう。
※※※※※※
そして盆が明けた。
ところが意に反して労働組合のメンバーたちからリストラ者の名前が数名発表されてしまった。そして驚いたことに、その中にはぼくの名前も書かれていのである。
「副委員長!」ぼくは丸本の襟首をつかんで睨み付けた。「これはいったいどういうことだ!」
「委員長・・・・・・申し訳ない」丸本がすまなそうに目を伏せる。「組合員に同姓同名がいるなんて思ってもいなかったんです。まさか田中一郎が3人もいたなんてね・・・・・・」