「この慌ただしい現代社会、たまにはじっくりと本物の抹茶を味わってみたいものだ」
そう何気なくわたしがぽつりとつぶやくと、向かいのデスクの同僚が菩薩のような顔をあげた。
「あ、それならワンコインで本格的な抹茶を飲ませてくれるところができたんだってさ」
「え、まさか500円で?それすごいじゃないか!」
同僚は三日月形の半眼を細めてにっこりと肯いた。
翌日わたしは教えられた住所にさっそく足を向けてみた。その辺りは古き良き日本の城下町のような風情のある街並みであった。
「なるほど、これがそうか」わたしはその建物を見あげた。「昔の日本家屋のようじゃないか」
木製の立派な門をくぐった。どうやら料金は先払いのようである。木製の木箱に五百円硬貨を一枚投入し、枯山水の庭を順路に従って進んで行った。静寂の中、
わたしは緑の竹林を抜け、小さな引き戸を押し開ける。そこに畳敷きの茶室が現われた。少々緊張気味に正座する。鶴の掛け軸や虎の置物が雰囲気をかもし出していた。
「おお。これはたしかに本格的だ」
からくり人形がぎこちない動作で小さなお茶菓子をわたしの前に運んで来た。わたしは懐紙にのせられたそれを受け取ると、ゆっくりと口に運んだ。「この菓子もなかなかいけるな」
静かに時が流れ、抹茶が点つのをじっくりと待った。
ほどなくして軟水が容器に自動的に注がれ、釜でほどよい温度になるのを待つ。そして、湯冷ましと呼ばれる茶碗に一度お湯を移し、ちょうどよい温度になるように湯をさます。
泡立ったところで茶筅を泡の表面まで持ち上げ、細かい泡ができるまで茶筅がさらに優雅に動く。
ほのかに抹茶のかぐわしい香りが空気の中に混じり合う。
「ううん、おいしそうだ」
じゅうぶん抹茶が泡立ったところで、最後に気泡が中央に盛り上がるようにして静かに茶筅が上げられた。
完成である。
「いただきます」
わたしはいそいそと茶碗を捧げるように引き寄せて正面に置き、右手で茶碗をつかんで左の掌にのせ、右手を添えた。(こうなると、こっちも本格的な作法にならざるを得ない)
右手で茶碗を回し、正面の柄を避けて、幾度かに分けて抹茶をいただいた。そして右手の親指と人差し指で飲み口を拭き、最後に自分の指を懐紙で拭った。
「けっこうなお手前で」わたしはゆっくりと正面を向いた。「しかし・・・・・・それにしても時間がかかり過ぎますな。この