目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

特ダネ

「日本でジャーナリストになるなんて簡単だ」

 ジャケット姿の男は胸を張って言うのだった。ボサボサの髪から抜け目のない瞳がのぞいている。

「え!先輩、ほんとうですか?」

 背の低い人の良さそうなカメラマンが驚いてファインダーから目を外した。

「ぼくはジャーナリストです。と、勝手に名乗って世間が認めてくれたらそれでジャーナリストになれるんだ」

 ジャケットの男はカメラマンにウィンクした。

「へえ、なにか特別な資格が必要なのかと思っていました」

「まあ、ノリでなれる職業だな。くっくっく」

 男は腹に手を当て、ノドの奥で笑いをかみ殺していた。「ところできみは報道カメラマンだったね」

「はい」

 カメラマンはクリーニングクロス(払拭用の布)でレンズを拭いながら答えた。

「厳しいだろう?」

「正直いって厳しいっす」

「今じゃ、誰でも携帯電話に高性能カメラが付いている時代だからなあ」

「そうなんですよ。特ダネなんてめったに撮れないのに、素人が手軽に撮影してネットにあげちゃいますからね」

「お互いやりにくいよなあ」

 男は空を見上げた。小さな雲が青い空にドットを描いている。

「まったくですねえ」

「それでおれは考えたんだよ」

「なにをです?」

「事件てのは待ってても起きない」男はさも嬉しそうにカメラマンの目をのぞきこんだ「事件は自分で作るものだってね」

「ほう。名言・・・・・・なんでしょうか、それ」

「いいか。“ほぼ真実”なんて報道は、“ほぼデマかせ”だ」男がにこやかに笑う。「“声なき声を拾う”なんて、最初からないことをそれらしく記事にするだけだしな」

「でも記事にするには、デスクから裏取りを求められるんじゃないんですか?」

「ネットでググるか、そこらへんの子供か友達に頼んで声を上げてもらえばいいんだよ」

「そんなことやっていたら、いつか非難を浴びるでしょうに」

「その時はその時だ。言論の弾圧だと訴えてやるさ」

「なるほど・・・・・・で、さっき言ってた事件ていうのは」

「もう起きてるじゃないか。報道写真の捏造ねつぞう事件だよ」

「捏造?」

「きみが犯人だよ」

「え、なんですって!?」

「ほら、あっちから警察官が来る。きみ、しっかり捕まり給えよ。ぼくが記事にするからさ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?