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探し物

 わたしが友人の部屋を訪ねたのは、そろそろ秋の気配が感じられる頃のことだった。


「なに。泥棒でも入ったのか?」


 そう言いたくなるほど、彼の部屋はいつになく乱雑に散らかっていた。まるで正月のおせち料理でもひっくり返したかのようなありさまだったのだ。


「ああ、勇作ゆうさくくん。いいところに来たね。手伝ってくれないか」


 友は冬眠のためにこしらえたねぐらを、うっかり忘れてしまったかのような、まるで悲嘆にくれた熊のような顔をしてウロウロと部屋の中を歩き回っていた。


「なにを。破壊工作をか?」


 わたしは足の踏み場もないゲリラの居住地のような部屋に上がり込んだ。いささか身の危険を感じる。


「そうじゃないよ」彼は苦笑して言った。「探し物だ」


「ほう。また何か失くしたのかい?」


「そうなんだ」


 そう言って友人は肩をすくめる。途方に暮れた顔とはこういう顔のことを言うのだろう。


「気軽な気持ちでとりあえずどこかそのへんに置いたんじゃないのか?」


 わたしはよくある例をあげてみた。忘れ物なんてたいがいそんなものだ。


「いや」彼は首振り人形のように首を横に振る。


「それじゃあ、失くしでもしたら大変だ。ちゃんとしまっておこう・・・・・・と、しまったところを忘れちまったとか」


「そうかもしれない」


 友は肯いた。わたしは名探偵シャーロックホームズのように眉間に皺を寄せて、ひょいっとタンスの引き出しを開けてみたりした。「もしかして、なにかやろうとしていた最中に違うことをやりはじめて、最初にやろうと思ったことをすっかり忘れてしまったとか」


 友は笑い出した。笑うと熊のような顔が猿のようになるから不思議だ。


「ああ、それよくやるんだよね」


「それとも」わたしは冷蔵庫の中を物色しはじめた。「収納に自信があるきみは、防犯のために時々収納場所を変更した・・・・・・ところがそれを頻繁ひんぱんにやりすぎて、最後に収納した場所をすっかり忘却してしまったというオチか」


「いや、それがさ・・・・・・」友は腕組みしたまま天井を見上げる。まさか天井裏に隠したのではあるまいな。


「じゃあ何なんだよ?」


「探し物をしているうちに、自分が何を探していたのかすっかり忘れちゃったんだよ」


「・・・・・・」

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