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今世紀最大の発明品

「今世紀最大の発明品が開発されたらしいのだ」


 大手エネルギー会社のCEOである飯塚いいづかは、社長室のマホガニー応接セットに深く腰掛けていた。年齢以上に風格を漂わせたその男は、サイのようにがっしりとした体型と虎のような獰猛な表情を兼ね備えたおとこであった。


 それを取り囲むように重役たちがまるで十三仏じゅうさんぶつのごとく肘掛け椅子に座っていた。


「ほう。それはいったいどんなものです?」


 わたしは依頼人たちの前では、決してくつろぐことをしない。ただ壁にもたれかかって聴いていた。もちろんメモなど取らない。


「それまでの常識をくつがえすものだという」


「なるほど」わたしはポケットからタバコを取り出した。「具体的には?」


「それが分からんのだ。ただ人類の生活を一変してしまうかもしれないという」


「エネルギー系とか・・・・・・」銀色のジッポーでタバコに火をつける。


「もちろんあり得ることだ。このまま放置しておけば、わが社の存亡にかかわるかもしれない。そこで多額の報酬をかけて君をここに呼んだのだ」


「了解しました」わたしはゆっくりと煙をくゆらせる。「ご依頼はその発明品の設計図を盗みだせばいいのですね」


「うむ。至急お願いしたい。手に入らないまでも、修復不可能なまでに破壊してもらってもいい。なにしろ、ライバル会社が数社すでに動いているという噂があるのでな」


 飯塚がパタリと資料を伏せる。


「ところでシャドー。いつも言っていることだが、この部屋は禁煙なのだがね」


※※※※※※


 わたしのコードネームは“ホワイト・シャドー”。腕利きの産業スパイである。


 今回の依頼には、ライバルの“イエロー・スネイク”や“レッド・スパイダー”も他社の依頼で動いていることはまず間違いなさそうである。


 わたしは取りあえず、富士宮研究所の見取り図を入手し、侵入経路と警備体制、セキュリティ装置の有無などを確認した。


「これは1分1秒を争う闘いになりそうだな」


 わたしのような職業の者は、秘密厳守の観点から一匹狼が多い。大掛かりな仕掛けをかけるときには、アルバイトを依頼することもある。しかし素人にヘマをされるぐらいなら、独りの方がよほど気が楽なのだ。


 早速その晩に、わたしは作業を開始した。


 漆黒の闇の中、黒ずくめのわたしは暗視ゴーグルをつけて塀をよじ登っていった。セキュリティはすでに解除してある。


 研究所の庭にクモのように飛び降りる。ドーベルマンが飛び掛かってきたら、麻酔銃で応戦するつもりであったが、どうやらその心配は無さそうだった。


 研究所に入ると、廊下に赤外線センサーが縦横無尽に張り巡らされていた。


 わたしの関節は軟体動物のように自由に外すことが可能にできている。普通の人間では不可能な隙間であってもくぐり抜けることができるのだ。


「それにしても今回の仕事は情報が少なすぎるな。盗み出すよりもはなから破壊工作に主眼を置いた方がよさそうだ」


 わたしは小型爆弾を用意していた。見取り図によれば発明品の保管庫は地下にあるはずだ。わたしは慎重に歩を進めていった。


「おかしいな。ここは、さっき通ったような気がするぞ・・・・・・」


 わたしは頭の中で、見取り図の記憶を探っていた。どんなに進んでも地下室にたどり着けないのだ。危険な臭いがした。


「しまった。これはわなかもしれない」わたしはいま来た通路を引き返すことにした。「一旦退去して仕切り直そう」


 ところが通路は迷路のように入り組んでいて、行けども行けどもスタート地点にたどり着くことができない。


「これはいったいどういうことなんだ?」


 すると前方から二人の人影が現れた。わたしはとっさに物影に身を潜める。


「あれ、ホワイト・シャドーじゃね?」イエロー・スネイクの声がした。


「おい、出てこいよ」


 もうひとりの声はレッド・スパイダーか。深紅の細身のスーツに身を包む姿は一度みたら忘れられない。わたしはそろそろと壁から姿を現した。


「おまえら、ここで何をやっている?」


「お前と同じ。道に迷ったのさ」とイエロー・スネイクがサングラスの下の大きな唇を歪めて肩をすくめる。


「それじゃあ・・・・・・」


 その時研究所の照明が一斉に灯り、無機質の館内風景が白く浮かび上がった。そして館内放送が流れ出した。


『いかがでしたでしょうか。今世紀最大の発明品、“発明を盗みに来たコソ泥を確実に捕獲する装置”の完成です!』

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