「とんかつソースをかけてお召し上がりください」
給仕Aにより、王女のテーブルにほくほくと湯気の立った料理の皿が置かれた。
「あら、今日はコロッケなのね。おいしそう。わたくし、庶民の味が大好物なの」
「王女さま。それはなによりでございます」
給仕Aが下がろうとする。
「少々お待ちください!」
給仕Bの声が部屋中に響く。宮廷の晩餐室は、天井が10メートルもあるので遠くまで声が反響するのだ。
「ここはとんかつソースではなく、お醤油がよいかと存じます」
「醤油だと」給仕Aが驚いた声を上げる。「それでは和食になってしまうではないか」
「さよう。サクサクとした衣とホクホクの甘い芋には、しょっぱい醤油がベスト・マッチなのでございます」と、給仕Bが言う。
「そもそもコロッケは和食ではないだろうが」給仕Aがにがにがしい顔をして食い下がる。
「アメリカの料理でもありませんよ」今度は給仕Cが声を上げる。
「コロッケはフランス料理の“クロケット”から発祥した食べ物なのです。わたしがお勧めしたいのは中濃ソースかタルタルソースです」
給仕Bが不満げな顔を全面に出し給仕Cを睨みつけて言った。「バカなことを。タルタルソースはカニクリーム・コロッケに限るではないか」
「それではケチャップなどはどうでしょう」今度は給仕Dが声を上げる。「そもそも、コロッケはB級グルメなのです。トマト・ケチャップこそ最適かと存じます」
「君たち、肝心なソースを忘れていないかね」給仕Eが憤然として言い出す。「わたしはウスターソースが一番だと思っているのだがね」
「違います」ターバンを巻いたインド人の給仕Fが口をはさむ。「カレーソースが一番です」
「みんなよく聞いてくれ」まじめな顔の給仕Gが、両手を広げて給仕全員を見渡す。「そもそもここをどこだと思っているのか。王国の宮殿ですぞ。王女にふさわしいソースがあるではないか。それこそがデミグラスソースなのである。王女さま、賢明なるご選択をどうぞ」
「さっきからつべこべうるさいわねぇ・・・・・・」
そう言うと王女はコロッケを素手で掴み、サクッと口に入れた。
「せっかくのコロッケが冷めちゃうじゃないの。わたしは何もつけない派なの」
ほんのり口の中にお芋の甘さが広がった。「ああ美味しい!」