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第48話 その誠意に一生、全霊で応えていきます!






 百合愛ゆりあ深優人みゆと


 運命が二人を引き離した中1の終わり。互いにそれを絶望的な悲恋と感じていた。


 一週間食事は殆ど喉を通らず、数ヶ月たっても気分が優れず、百合愛に至ってはその後も引きずり続けた挙げ句、拒食症となり、元々スレンダーな彼女はそれこそ骨と皮のようになってしまった。


 何故この二人はそんなにも離れたくなかったのか―――



 隣人同士、同い年の幼馴染み。幼稚園に入る前から一緒に遊ぶようになった二人。幼い頃から百合愛ゆりあは特別な視線で深優人みゆととその妹を見ていた。


 尋常でなく怯える事が頻繁に有った妹をいかなる時でも守ろうと、この兄はその窮状に甲斐甲斐しく、しかし当たり前の様に尽力していた。

 そんな姿に至極感銘を受けた百合愛ゆりあ



 こんな人に私も守ってもらえたら良いのに……



 百合愛の心の隙間が疼いた。

 自分にとっての理想がずっと続いて欲しい。そんな世界であったなら……きっと世界は美しいものであるはずだ。

 百合愛の視線は常に深優人みゆとの背中を見ていた。敏感な深優人みゆとはそれに早々に気付いた。


―――この百合愛という一風変わった子は、なぜ何かに渇望している感じなのか。


 これまた超早熟な深優人みゆとはこの女の子をとても不思議な子として捉えていた。それを感じ取れる深優人みゆとも不思議な子なのだが。


 後に百合愛ゆりあ本人から告白された事実、彼女にも僅かだが漠然とした『前世の記憶』があったのだ。


 それに依れば最も信頼していた人物――前世の夫――からのひどい裏切りにより命を落とし、失意のどん底でその人生を終えたのだという。

 そのために物心ついた時に最初に認識した感覚が『虚無感』だった。



《生まれながら何も信じる事の出来ない境遇》 、それがこの娘の本質だった。



 パッと見ならとても可愛い普通の女の子。他人からするとちょっと不思議ちゃんが入っていて、天然っぽいところもあるが決して陰のある感じには見えない。


 だが深優人みゆとにはどこか寂しげに見えた。ある意味で同類ゆえに直感していた訳だ。百合愛にさえいまだ打ち明けていないが、彼も漠然とした前世の記憶持ち。


 それは何かの事故で身を挺して救ってくれたその恋人を失い、《大切なものを守れなかった不甲斐なさ》 その悔いだけが残っていて、生来より激しくその心をさいなみ続けているというものだった。


 そのトラウマ故に妹へ尽力した。今、眼の前で愛する家族が特殊な症状で苦しんでいる、それも救えるのが自分だけ―――『絶対に守る!』 となってしまうのも当然である。


 そんな深優人みゆと百合愛ゆりあの渇望に気付くのもある種必然だった。寂しげな百合愛に思う。


『僕が何かしてあげられたら喜ぶかな』


 百合愛の不思議アンテナもそれに気付き、自分の求めている物を無償で与えようとして来るこの人へ尽くしたいと思う様になる。


 なんとも常人には理解し難い二人だが、当人たちは既に何となく繋がっている事を自覚していて、その頃から時として考えが分かってしまう感覚があった。


 以降、何度も以心伝心で周りの人を驚かせた。次第にそれが二人の間だけのものだと互いに気付き、唯一無二の存在に。正に心の鍵穴がピタリと合ってしまった。


 本人達が『運命の人』とする所以である。


 やがて小学校高学年の頃には、『愛している』という気持ちそのものが時々言葉なく伝わってしまう事に互いに気付いた。

 その気持ちを隠すことも出来ないし、逆に恋人や夫婦でさえ、たまには口にしてあげないと不安になると言うのにその必要すらない。


 この絶対領域。絶対的安心。百合愛は自分の生来渇望し、そして求めていた―――がしかし絶対に不可能とも考えていたもの――――『本物の信頼』を早々に手にする事が出来た、そう思った。


 何と言う幸運。


 毎日が穏やかで楽しく、信じられる。そして世界は美しい!

 だからこそ深優人みゆとと共に澄美怜のことを大切にし、増々愛し、ほぼ本当の姉妹と言っても良い仲となった。この頃の三人の魂は一つの未分化のものと言っても過言ではなかった。


《このまま行けば私達はこの裏切りようのない関係をずっと続けられるのかな》

《勿論。それでキミが満たされるなら僕はずっと。絶対に寂しくなんかさせない》

《それなら私はその誠意に《《一生、全霊》》で応えていきます!……》


 二人は常にその様な誓いの念を送り合っていた。


 澄美怜すみれにとっては百合愛は姉であり、兄と同格であり、とにかく大好きで、益々美しく成長してゆくこの姉を常に横で見て、この人そのものになりたいと羨望の眼差しを送っていた。


 そんなある日。


 誓いは引き裂かれた―――百合愛は親の転勤でのアメリカ永住の話を聴かされ愕然とする。



 渡米前後、暗い部屋で絶望し泣き暮れた。唯一の希望の光を失い、ただその気持ちが干からびるまで湧き上がる物を殺し続けた。


 結局守れなかった誓い。それが深優人みゆとの絶望の理由。


 中でも別れのキスは忘れられなかった。最後の日、「絶対に忘れないよ」と言って抱きしめ合ったあと見つめ合い、どちらからともなく顔が吸い寄せられ、自然と口づけした。


 その思い出も百合愛ゆりあにとっての宝物だが、それゆえ消えてくれない。何度でもその記憶が蘇り無上の喜びと、もう届かないという地獄の苦しみを往来させる。


 やがて拒食症で正に死にかけた時、どうせなら苦痛に顔を歪めながら死ぬよりも浄化されるように逝きたい……と思った。


 そのとき深優人みゆととの思い出がよぎった。彼の部屋でお気に入りの曲を教えてもらっていた時に聴いた一曲、トリスタンとイゾルデ『愛の死』。


 悶絶しながらも死して至高の愛を成就するという究極の想い。初めて聴いた時はなんて狂おしくて恐ろしい美しさをもった曲か、とむしろ畏怖した。深優人みゆともそうだったという。


『でもいつか必要になる日が来るような気がして、つい聴いてしまうんだ……』


 と遠い目をして語っていた深優人みゆとの姿を思い出した。そして……



『そうだ、あれを聴いて逝こう――――』





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