その後、
あの穏やかな日々を思い出す様に二人はゆっくりと関係を育んで行った。
そして今日は
特に目的も無く、話しをしたり、タブレットで動画を見たりして徒然なるままにゆったりと過ごそう、というこの老成した?二人らしいものだ。もちろん
……
平静を装いながらもその胸は、掻きむしりたくなる程に疼いた。ところが
「実は
……何言ってるの……そんなの出来るワケ無い……行ってお邪魔虫して……ただ惨めに成るだけ……
「え、あ、ああ、気にせず行って来て……この所ずい分課題が溜まっちゃってるから……」
「
「ホントに課題が大変なの、だから水入らずで行って来て! ねっ、ねっ」
……どうせもう私に入り込む余地なんて……無いんだから……
* *
「お久しぶりです」
この一家が渡米している間、薊の家族が借りていた事もあり、この家には何度か上がらせてもらっていた。しかし既にリフォームされて様子が一変、何か別の家に来た様でもある。
そこへ百合愛の母親が出迎える。
「まあ、深優人くんもこんな立派になって。身長いくつ?」
「ちょうど180cmです」
「もうそんなに。頼もしいわね~。皆さんもお元気? こないだ妹さん達も見かけたけど本当に可愛くキレイになって。ぜひまた仲良くしてあげて。もうこの子日本を離れた時なんか…」
「ママ! 」
「今日この娘とケーキ焼いてたの。後で持って行くから部屋の方でゆっくりしてってね」
部屋に通されると、とても小ギレイで女の子らしい淡いフェミニンな色調とクイーンアン様式のチェストや家具に囲まれ、繊細で優美な花柄をあしらった輸入の壁クロスも相まって、彼女らしいインテリアでまとめられている。
しばらくとりとめもなく昔話に花を咲かせたり、近況を話したりの二人。
―――
……ああ、あの日のまま変わらない『深優人くん』が居る。ピアノ曲だと私が好きなショパン、リスト、ラフマニノフ…… 一緒に聴いたな。
でも今は、ドビュッシー、スクリャービン、現代だと吉松隆だとか。色々聴いてるらしい。
私の知らない
少し寂しいけど、これから知ってく楽しみもある。私はこの人の全てを知りたい! 心が伝わると言っても会話まで全部出来る訳じゃないし。
「オーケストラも好きだったよね。まだ聴いてるの?」
「ああ、それ語らせるとヤバイ」
「フフ、深優人くんて凝り性だもんね。じゃそれはまた今度ね」
「あ、語れなかった、クスッ」
「フフッ。………………でも向こうに行ってから、私も深優人くんが好きだったオケ曲のひとつ、トリスタンとイゾルデばかり聴いてた……あ、ゴメン……湿っぽい話題で……」
―――悲恋の……『愛の死』
愛する者を思って悶絶死とか。初めて聴いたあの頃の私には現実には有り得ない事と思ってたけど、いざ自分が引き裂かれてみたら……本当にそうなりそうで、おかしくなりかけて……あれを聴いてなんとか保ってたな……
「いや、実は俺もよく聴いてた……」
同じ想いで居てくれたことを嬉しく思う二人。だが
……この運命の人と俺とはシンクロし過ぎて……分かり過ぎる。でも俺達にとって余りにも苦しい季節……今のこの部屋で語るには相応しくない……
話題を変えようと部屋を見回す深優人。何気にピアノに目がいった。
「ねえ、あの頃、アップライトだったけど……」
「うん、夜は近所迷惑になるから最近電子ピアノに買い替えて」
「そっか。……そうだ! まだ、あの曲弾ける?」
「クス、深優人くん、好きだったもんね。うん。弾けるよ」
その待望のリクエストはこの可憐な少女の胸を一気に高鳴らせた。