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第53話 流れた歳月と二人のピアノ






 話題を変えようと部屋を見回す深優人みゆと。何気にピアノに目がいった。


「ねえ、あの頃、アップライトだったけど……」


「うん、夜は近所迷惑になるから最近電子ピアノに買い替えて」


「そうだ、まだ、あの曲弾ける?」


「クス、深優人くん、好きだったもんね。うん。弾けるよ」



 それはよく深優人みゆとからリクエストされた二人にとっての定番だ。映画『ピアノレッスン』の作中曲で、『Big my secret』という超が付くほどロマンティックなもの。


 3分も無い小品だが、子供ながらにマセていた二人には丁度良く、深優人みゆとは特にお気に入りで、百合愛ゆりあは得意気に弾いてはウットリする深優人の瞳を見て満足していた。


「俺ってホントに今でもベタだよな。やっぱ格好悪いかな」


「ううん。それでいいの。いや、そこがいいの」


 後ろ頭に手をやり、「なんか、照れる」とはにかむ深優人。


「じゃあ、弾いてもらっていいかな?」


 目を細め微笑で見つめていた百合愛は「モチロン」と腕捲り。 実は会えなかった期間も過去を思い出して度々弾いていたのだ。上達もしている。




―――ひと呼吸おいて、情感を込めて響かせる最初の一音。




▼Youtube Big My Secret

https://youtu.be/f1KERgeRAHo?si=cJO8Hll6nuaBiFGt




 続けて淀みなく紡ぎ出されてゆくそれは、まるで砂糖に蜂蜜を掛けたくらいに甘い調べ。秘密の恋を奏でるこの曲の濃蜜な甘美さと二人の思い出の詰まったメロディーが、この二人のロマンチストを溶かしてゆく。



 ……あの頃、深優人くんを虜にしたくて……そう、たくさん練習したっけ……

 と、そんな事を思い出しながらありったけの想いを載せて曲は進んでゆく。


 順調に進み行く恋の始まりを思わせる旋律が、一切の淀みもなく滔々と流れてそれに酔いしれる。


 みるみるうちに距離を縮めていく二つの想いに節度をもって抗うも甘美な恋に落ちて仕舞えば歯止めがきくはずも無く。


 それでもいたわり合う気持ちが勝ればそれに身を委ねるのも心地よいと言うもの


 時に腫れ物に触るが如く優しさに満ちたピアニッシモでハートをそっと包みこみ


 切々と奏で続けて育った愛は、やがて熱いトキメキへと変わり


 遂には勢いづいて止まらなくなってしまったその熱情は雄弁に絶頂を謳い上げ


―――そして熱を帯びたまま果てた。






 余韻を味わい、二人は顔を見合わせた。


「はぁ~………… もう何か、演奏良すぎてため息出て来た」


 笑みながら、褒めすぎ、と言つつも、最上級の称賛に百合愛も至極上機嫌だった。


 その後も部屋での寛ぎデートは色々な話しに花が咲き、話しが切れたタイミングで手作りケーキが供されて気持ちは高まるばかり。


「私、またこうして一緒に過ごせてとても嬉しい。ねえ、折角だから何か記念に残る事をしたいな」


 百合愛ゆりあとしては何気なく言ってみたその言葉は二人っきりのこの部屋では捉え方によっては意味深だったと気付く。だが時すでに遅く、「え……」と固まっている深優人みゆと


「ああ、っご、ごめんね、そ―ゆーの催促して言ったのではないの」


 アセアセと取り消す百合愛ゆりあ。だが少し考えて訂正した。


「あ、いや、私単純だから言ってしまうと、ホントは期待しているの。もっともっと親密でいられたら……って。でも、深優人みゆとくんはいつも私に気を使ってくれるから、多分順序とか色々あるのかなって。

 だったら何か二人の気持ちが盛り上がった時に、って事にしたら先に進めるかなって……。ささやかでもいいから記念になる事でもあれば、もっと近くに行けるかと言ってみただけなの。だって深優人みゆとくんて、昔からロマンチストだしオレ様タイプじゃないから急接近とかないかな、なんて」


「ハハ……うん、まあ、確かに」


「だからそうした何かささやかな記念イベントとかで、もし凄く盛り上がれたら、あのお別れの日の続きとかも取り返せるかなって」


 二人が引き裂かれた日。その別れの間際に『絶対に忘れないよ』 『私も』―――そう言って二人は涙ながらのキスをした。 これが二人にとってのファーストキスだった。


 物陰から見てしまった澄美怜すみれは如何にこの二人が好き合っていて、そして離れたくないかを子供心に悟った。

 1才しか違わないのに凄く年上のお兄さんお姉さんに見えていた。


 深優人みゆとは、《別れの日の続き》 と言われてその思い当たる事に少し動揺しつつも、


「う~ん、記念になる事といってもアドリブですぐに出てこないな。ハードル高っ」


「あっごめんね、そんなに大層な事でなくてもいいの。例えばまだ私の知らない深優人くんを発見とか。そう言うチョットしたお話とかでも」


「この3年の間に色々あったけど……あ、そうだ! その間に知った曲で、もしまた逢えたら何時いつかこれをキミと一緒に……って思ってたのがあるんだけど、コレ知ってるかな? スクリャービンのピアノソナタ2番。この第1楽章がとにかく大好きで」


「ううん、まだ知らないけど凄く聴きたくなった!」


 ……いつか私と? だって可能性がほぼ断たれてたのに!……


 もう死ぬ程嬉しくて。―――ただそれだけで泣きそうになった百合愛ゆりあ


「じゃあ、スマホに入ってるから、このブルートゥーススピーカーに繋げて聴こうか」


 辛うじて涙を隠し、うん、と小さく頷いた。


「あ、でもまたロマンティックな曲だけどいい?」


「私もそ―ゆーのに目がない。フフ。それで深優人みゆとくん的にどんな曲なの?」


 ブルートゥースを設定しながら答える。


「俺のイメージとしては、夜の海の水面に反射してきらめく月光、的な」


「それはまたロマンティックだね。私も曲を聞くうちに情景とか物語とか見えて来ちゃう事ある。同じ光景が見えるかな。見えたらいいな……」


「キミは君の想う光景でいいんだよ。でも何か見えたなら、あとでどんなものかを教えて」


 じゃ、いくよ、とそう言ってスマホのプレイリストをタップした。






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