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第59話 こんなの嫌いになれるワケないっ!




 夜のデートに嫉妬して部屋で頭を抱え項垂れる澄美怜すみれ



―――私は必死に今まで愛した。あの日の約束も大切にした……





    + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜



―――お兄ちゃん、私、生きるから……

 どんなに苦しくても……生きるから……

 絶対に離さないでね……


 絶対に……絶対に……離さないでね……




    + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜




 こんなに思っても届かない。それどころかあの告白した日、拒否された。それでも兄さんがまだ誰のものでもないなら、いつか可能性が残されてるんじゃないかと自分を騙せた。


 でもきっともう出来上がってしまうんだろうな、この二人は。そして何がこんなに悲観させるかって、それは百合愛さんはきっと一時的に恋愛して終わるような人ではないという事。


 つまり一度出来上がってしまったらもうチャンスが完全に無くなること、分かり切ってる。それが何より怖いんだ……



 だって私達には『約束』が……




  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜




『……だったらもう薬なんかやめよう! 前みたいにボクがずっとずーっと守ってあげるから』


『大事な妹が死ぬくらいならボクも死ぬっ!』


―――私が生きていなければ奪い兼ねない命があると?……そんなにも……私が大切なの?……


 でも、だったら……


 そこまでお兄ちゃんのためになるなら……


 …………私……生きよう……




  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜





 ……そう約束したのに……


 薊さんの時にも迷惑かけた。そして今回もそうなりそうだ。なら、自分はやっぱり要らない存在だ。


 二人はコンサートで盛り上がって、きっと楽しく食事をして、その後もしかして大人の展開とか……


 もしか永遠の契りを……交わす……とか……



 うぐっ……。



「はぁ……はぁ……」



 ……あれ? 何これ、こんなに苦痛? ちょっと待ってよ……何か変だ。いつものパニック障害とは違う!……


「はぁ……はぁ……」


 何か胸が異様に締め付けられ……ああっ……、座っていても息が……はぁ、はぁ、……座ってられない……とにかく今までになく胸が苦しい……!


 次第に壁に頭を叩きつけたくなる、自分を叩きたくなる。握った手はじっとりと汗ばみ、頭の中は二人の濃密なやり取りがぐるぐる取り憑いて回っている。


 ……以前は百合愛さんと兄さんを憧れのカップルの様に見れたのに、この歳になってみて誰にも渡したくないという強い思いがこんなにも生まれてしまうなんて……どうして?……私、なんて強欲なの?



―――本物の嫉妬を初めて経験した澄美怜。



 のぼせに加え、何だかもう吐くものも無いのに吐き気までしてきた。気が変になり、誰か助けて欲しいと願う。


 それは病気のものではなく恋愛の反動。全力で愛した分、その全力がはね返ってくる。適当に好きだったらこんな風になるはずもない。それだけ誇れるのか、単なる自分への呪いなのか。


 ……世の中の失恋した人はみなこんなに辛い思いをして来ているの? それとも私だけ過剰に反応してるの?



 澄美怜すみれは吐き気で口に手をやり悶え考え続ける。



 ……妹は生涯『妹』でいられる。友達もそうだ。逆に恋人なら別れる事もある。なのに何が不満だというのか。


―――そのリスクを背負ってまで得られるものは。


 それって兄妹はいずれ遠くから見守り合う準他人になるけど、他人である恋人はやがて愛が育てばあたかも相手の一部、そのものになれる。



『見守る傍観者じゃなく当事者そのもの、相手の半分が自分なんだ! 』


 私はそれになりたい。妹のままそれになる事は出来ない。


―――私は……兄さんの人生の半分になりたかった!



 どうして 世の兄好きの妹たちがその気持を止められるのか。きっと相手の半分に成りたいとまでは思っていないのだろう。


―――でも何故か自分の場合、魂がそれを許してくれない!


 兄を諦めよう、と他の人にも意識を向けてみるが何も感じられない。それなら、と兄の嫌いな所を探す。


 あれこれ考えてみても逆に好きな所ばかり思い当たってしまう。今朝などは食後、コッソリ死角から蘭を合図で呼び寄せた兄。


 それに感づき、すかさず忍び足で後を追って壁の陰から聞き耳を立てる澄美怜すみれ。何やらヒソヒソ話。がしかし……


『このところ澄美怜の調子が悪そうだから俺のいない所で問題がありそうならすぐに連絡を頼むよ。いつもよりしっかり見ててあげて』


『任せて、お兄ちゃん』



―――こんなの嫌いになれるワケないっ!



 物語の失恋の場面なら忘れる為にどうにか距離を置いて身を隠したりして、何とか意識から排除されて次の恋に移ってく。


 ……今、そう出来ればいいのに一つ屋根の下いつも隣に居る。毎日顔を合わせるんだ。そんなんで忘れられる訳ないよ!



  *



 一方、コンサートが終わり、会場から出てきた深優人みゆと百合愛ゆりあ



「凄い演奏だったね。俺、本当に感動しちゃったよ」


と興奮気味に話しながらさり気なく手を繋ぎ歩き出す。


「うん。第2楽章と最終楽章が特に良くって私も涙が出そうだった」


 このコンサートに至る迄の計画時 『相手の好きな曲にする』、と一歩も譲らなかった二人。いかにもだが、かつて共に好きだったラフマニノフピアノ協奏曲第2番で一致した。




▼Youtube ラフマニノフピアノ協奏曲第2番

https://youtu.be/dGX3temma5Q?si=-EKjGD31ruusMvms




 暫くお互いの感想を述べ合って、そして評価が似通っていることも確認出来て、それが何よりも嬉しかった。いつも価値観を共有出来る得難い存在。それはやはり健在だった。


 繋いだ手はいつの間にか指を絡ませた恋人繋ぎになっていて、二人は夜の繁華街をその余韻に浸りながら幸せそうに歩いていた。



 えっ!……



 だがその余韻を切り裂くような思念が深優人みゆとの脳裡に伝わり、その場を一瞬凍らせた。






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