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第60話 そうだ、彼を道連れに一緒に死ねたら……





 深優人みゆと百合愛ゆりあの夜のデート。


 繋いだ手はいつの間にか指を絡ませた恋人繋ぎになっていて、二人は夜の繁華街をその余韻に浸りながら幸せそうに歩いていた。



 えっ!……



 だがその余韻を切り裂くような思念が深優人みゆとの脳裡に伝わり、その場を一瞬凍らせた。



 ……百合愛ゆりあ……ちゃん……?



 一瞬だけ、百合愛の寂しそうな顔を感じた気がして優しく声をかける。


「大丈夫?……」


「えっ? なに? 楽しいよ」


 見上げた顔に曇りのない笑顔を見せた百合愛。深優人みゆとは、


 気のせいか?……いや……


 と、勘違いに終わらせずに確かめる。


「ね、俺たちの間は……伝わるから……」


 ある程度の以心伝心の感覚もまだ健在だ。だとしたら今のは?……


「ううん。……少し怖いだけ。人は幸せの絶頂が一番不幸を考えてしまうって聞いた事ある。失いたくなくて。多分今のはそういう事。それだけ今が幸せ。深優人くんは?」


「もちろん。じゃあ俺も。今が一番幸せで、そして怖い」


「フフッ、何だか変」


 繋いだ手を解き、深優人みゆとの左側から両腕でつかまって上腕に頬を寄せる百合愛ゆりあ。より恋人らしく組んで歩く。嬉しそうに深優人みゆとは、


「ああ、超怖い!」

「フフフフ、も~、普通に言って!」


 その後も話しが途切れること無く二人の時間が流れてゆく。



  *



 その間、澄美怜すみれは自分の感情と更なる泥沼の戦いになっていた。



 ……私にとって『あの日の約束』を交わした、正に私の存在理由そのものの人。それが奪われていくであろう瞬間に立ち合うこと、それがこれほどの苦痛とは思わなかった……


 澄美怜にとってそれはまるで大事に育てあげた愛という名の子供を目の前で殺されてゆく―――そんな様子を縛り付けで見せられる程の激しい苦しみ。



―――小6のあの日……私が黒い恨みの感情を暴走させて自我を失って狂ってしまい、壁をイスで叩き続け破壊しまくった。

 止めようと抗う母さんすら傷付け、危うく致命打になりそうな所へ帰ってきた兄さんが楯となって両手を広げた。



  : + ゜゜ +: 。 .。: +


「ダメだよ、良く見て。僕は誰?」

「はっ……兄……さん……私……何を……」


「そうだよ、君の兄さんだよ」


 その背後には頭から血を流す母とメチャクチャになった壁、無数の破片が散乱する部屋。


「お母さん!」


 驚きの余りパニックで発狂しかかる澄美怜すみれ。 即座に兄が制して、


「僕を見てっ!」


「私の……兄さん……あああ……うわああああ……やだよ……こんな私……もうイヤッ……ねえ、もう消えたい、やっぱり消えてもいい?」


「だめ。落ち着いて。ほら、こうすれば大丈夫。受け取って。癒やしの力……」


 そう言って優しく腕全体で澄美怜すみれを包んだ。


「ああ……ここが……この腕の中だけが……私の居場所……約束の日の……私の兄さん」


「僕は中学に入って帰りが遅い日もあるけど、良い子にして待ってれば必ず戻るから大丈夫なんだよ。信じてくれるね」


「ごめんなさい……良い子にする……」



  : + ゜゜ +: 。 .。: +





―――それは今は通じない。


 戻ってもきっと心が別の場所にある。


 そしていずれ私は捨てられるに決まってる―――




 回想から戻る澄美怜すみれ


 兄さんは私をずっと守ると言ってくれた。私が死ぬなら共に死ぬとまで言ってくれた。……だから消えずに生きてく事を選んだのに。

 あの約束はもう終わったの? それも予告も無しに。



 ……そう、きっとそうだよね。



 だって守るなんて、そんなの嘘。誰かのモノになったらこんな私のこと見守り続けられる訳ない!


 結ばれる以外方法なんて無かったのに!


 でも妹にその可能性なんて最初から無かったっ! 期待してた私がバカだった。

 だから妹なんて嫌だったんだよ! もう何もかも嘘! 兄さんの嘘つき!


 兄さんなんかっっ!


 お兄なんか大嫌いだ――――――っっっ!





 ……うう……グスッ……うううう……


 ふああああぁ……ごめんなさい……好き……好きだよ……大好きなんだよ兄さん……


 今まで一度も約束を破らなかった。世界一優しくしてくれた。ズズッ……

 嘘じゃないよね? 信じて良いよね?……


 でも、妹じゃ守ってもらい続ける可能性がもう見えないよぉ。どうしたら信じて行けるの?

  助けてよ……お願い! 信じさせてよ兄さん!


 ………………グスッ


 ……戻りたい……子供の頃に。そしたらお姉ちゃんとも一緒に居られる。兄さんも分かちあえる……



 でも今は二人とも失うんだ……



 ああ、もう無理。気が狂いそう。兄さん、あなたなら……こんな時どうしますか?



―――澄美怜は3年前の兄の姿を思い出した。


『トリスタンとイゾルデ、愛の死』 それをあの引き裂かれて絶望していた頃によく聴いていたのを目にした。


 暗くした部屋の片隅で余りによく聴いていたからどんなものか尋ねた事があった。

 膝を抱え遠い目をして兄は、




『絶望か、希望か……ひたすら亡き最愛を想って悶絶死してゆく曲』




 とだけ答えた。


『悶絶死?……何それ、そんな事って。……そんなのばっか聴いてるとおかしくなっちゃうよ。……私が陽のあたる所に連れ出してあげたい……』


 余りにも思い詰める兄にその命の危険を感じ、それゆえ一人にさせない為に無理にお節介を続けた澄美怜すみれ



 だが逆の立場になった今の澄美怜すみれは、この世には本当に悶絶死ってものがあるのでは、と思うほど狂おしく、そして苦しいものに直面している。


 ……兄さんもこんな苦しみの中にずっと居たんだね。良く耐えられたね。凄いよ。でもやっぱり弱い自分にはたった今日これだけでもう限界だ。


 きっとまた発作が来る……


 それで病院やら破壊やらでまた大迷惑をかけ続けるなら、そうなる前にやはり自ら消えた方が皆のため……


 でもそうするならむしろ……





 そうだ、彼を道連れに一緒に死ねたら……








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