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第61話  帰りたい…… あの腕の中に……





 きっとまた発作が来る……


 それで病院やら破壊やらでまた大迷惑をかけ続けるなら、そうなる前にやはり自ら消えた方が皆のため……


 でもそうするならむしろ……





 そうだ、彼を道連れに一緒に死ねたら……





「はっ…… 私ってなんて事! 」


 ちらとでも思い浮かんだ事が恥ずかしくて堪らなかった。よく愛憎のもつれの殺傷沙汰の二ュースを『ホントあり得ない』 と軽蔑の目で見ていた。


 その痴情がまさか自分の中にも在ろうとは。



<妹道その2>

 兄の快活を何よりも願う兄最優先主義

 兄へも見返りを求めない愛をそそぐ



 自分に立てたモットー。その誇りまで自ら粉々にしてしまった。何が有ろうと今まで最優先で守ってくれた兄。

 世界一優しくしてくれたその人を守れないどころか、こともあろうか手にかけるような想像を―――


 あまりの情けなさに泣けてくる。その愛らしい瞳から大粒の涙が溢れた。


 ……本当にゴメンナサイ、兄さん……愛してます。こんなおかしい子だけど本当に愛してるんです……二度とこんなこと……。


 でもこの愛する気持ちを捨てなければならないとしたら、それはこんなにも……こんなにも残酷だったんだね。

 一度ハッキリ拒まれて、なのに単なる妹に戻りきれてもいない…



  この日、澄美怜は愛の絶望を知った。




 ……私にとって唯一無二の人とわかっていながら


 恋心を拒絶され、それは遠いところへ奪われてゆく


 なのに優しくされ、嫌いにもさせて貰えず


 自分を棄てる事も許されず、捨いに来てもくれず


 距離だけ近くに居させられ、


    忘れさせてももらえない


       この地獄の中で……



 只々この気持が干からびるのを貝のように閉じこもって待つしかないんだ………


 兄さんも百合愛さんもこんなのを3年も……





―――途方に暮れ、もはや病みきった廃人になりかかる。




 その顔からは完全に生気が失われ、闇落ちした瞳からは光も消えている。 掻きむしった頭髪は乱れたままでただ呆け続け、今晩自分を保てるのかさえ分からなかった。



『やっぱり……もう消えたい……』



 暗い部屋でベッドに座った状態から死んだ様にバタリと横に倒れ込む。目の前にはコンソールの上にペン立て。


 虚ろに淀んだ目が捉えたその中のカッターナイフ。

 吸い込まれるようにその手が伸びて行く。



『みんな……ゴメンネ……』



 するとその隣に放置されたスマホが目に入る。伸ばした手が宙で止まり、暫く焦点も合わずにある違和感のためにボンヤリとそれを眺めた。


 違和感の正体は少し前に入っていたメッセの通知ランプが光っていたからだと気付く。伸ばした手でスマホを取り上げ確認すると、それは兄からだった。




▶▶ 公演前、早めに到着して先に食事出来たから、遅くなって皆が心配しない様にこのまますぐ帰るから


▶▶ 会場のネクストカミング予告に澄美怜の好きなアニメのフルオーケストラの演奏のが有ったからパンフ持って帰るよ。結構良さげ。もし興味あったら一緒に行こうな。



▶▶ パンフ画像




「にい……さん……はううっ……うくっ―――」


 失った光が再び瞳にともり、潤み、瞬きも忘れられ、小刻みに肩を震わせる。


 だらし無く半開きになっているそれからは、途切れる事なく液体がただダラダラと流れ続ける。


 ……以前、私に伏せて薊さんとデ-トした時に嫉妬に狂ってムチャな告白、なんて事もあったから、もしかして気を遣ってくれたのかも知れない。


 だとしても今回のデートの最中に、その頭の片隅にほんの僅かでも私のこと考えてくれてた。


 まだ捨てられてなかった……



 更に両の目から感謝、そして惨めさが新たな筋となってこぼれた。ただただ自分を情なく思う涙がいつまでも枕を濡らし続ける。



『私って……ホント何やってんだろ……』



 そして、自らが作り出した拷問の牢獄が一瞬にして瓦解し、体中を拘束していた異常な緊張が解かれていった。


 でももう届かないのかな、

 届けちゃいけないのかな……

 帰りたい……

 あの腕の中に……



 全力で自分を責め立て続け、疲れ果てた澄美怜。


 メッセに返信すら出来ずに辛うじて安堵の表情を取り戻す。


 そんな状態で夜中までさめざめと泣き続け、こんな自分の情けなさを呪い続けた。


 そうして幾度も溜め息と涙を繰り返し、垂れ流し続けている内にそのまま眠りに落ちた。



 拭われる事なくびしょ濡れになった想いを枕にして――――




 **



 この日、隣の部屋では蘭が壁に耳を当て続けていた。澄美怜すみれに万一の事が無いようにと兄から頼まれ、しっかり様子を見ておくように言われて備えていたのだ。


 何かあったら1階の親へと直ぐに伝えられる様にし、親へも今日だけは特に厳重に見守るように伝えてあった。


 夕食時から鬱々とした姉に全員腫れ物に触るように気遣いしていた。

 食後、澄美怜すみれが部屋へ戻るとそれを追うように蘭も自室に入って聞き耳を立てた。


 やがてすすり泣きが聞こえ始める。


『お姉ちゃん……』


 胸が張り裂けそうになる蘭。壁を挟んで共に涙を流した。


 蘭のスマホにも11時過ぎに到着予定とのメッセが兄から入った。9時閉幕から直帰でも電車と徒歩で2時間だった。蘭は気を利かせ、帰宅してもそっとしてあげて欲しいと返した。


 鼻をすする音は夜中まで続いたが、結局蘭は、それが止むまで眠らずに見守り続けていた。


 音が止んだ。 少しドキリとする蘭。


 蘭はスマホの明かりを頼りに真っ暗な部屋に忍び込んで自棄行為を起こしていないか確かめ、無事を見届け胸を撫で下ろす。


 ベッドの上では、びしょ濡れの枕の上で大好きな姉の疲れ果てた横顔が微かに寝息を立てていた。





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