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第63話 もうこれ以上……そう言う仲に成れないなら




 深優人みゆとの父、克己と澄美怜すみれの母、ゆかり。

 待合ロビーでの初めての会話。


 それがこの1歳違いの二人の子供の運命の出会いだった。



「お名前はなんて言うのですか?」

「みゆとです」


「めずらしいですね。字はどんな?」

「深く、優しい人、で 『みゆと』 と読みます」


「まあいい名前ですね」


「父が私に『強く育って欲しい』と、克己とつけたんですが、そのせいか負けん気が強くやたらやんちゃに育って。

 男の強さは優しく、それでいて黙々と不言実行……がモットーだった父が『この名前は失敗したー』 なんて。それでじーじの想いを英語の『MUTE』に掛けて、男は無言で優しく実行する人に、となったんです」


「成る程~!素敵です!」


「そちらのお子さんは? 女の子ですよね。お母さんに似てて美人さんだぁ!」


「すみれ、って言います。一文字の『菫』にしようかと迷ったのですが、やっぱりもっと思いを載せたくて。で、澄んだ、美しく、心から祈りを捧げる……って事で澄美怜です」


「すごく良い名ですね。なんか心が洗われます」


「名前負けしないと良いのですけど……育てる責任が重大です」


「親は常に願うばかりですよ」

「そうですね」


「ほら、澄美怜、お兄ちゃんですって。これからもよろしくね―って」


 それを受け克己は深優人を腹話術の人形の様にして


「うん。ヨロシク――ッ」


「フフフ……」 「ははは」


 これがまさか本当に兄妹になるとはその時は思ってもみなかった。


 その後、それぞれ個室に移れたものの、何度もラウンジで顔を合わせて馴染みが出来た。



 そんなある日、永遠園とわぞの克己の妻が他界する。白い布を顔にかけたベッドが運び出されるのを見かけたゆかり。


 そしてその3日後にゆかりの夫も死去する。


 後日、ゆかりの夫の納骨の際、偶然 同じ墓地で永遠園(克己)と再会した。只、そのゆかりの極度に憔悴し、やつれきった姿に克己は愕然とした。


 休憩室での二人。―――残念でしたね、と色々あった事を話している内に、突如倒れそうになるゆかりを受け止め、肩を貸してソファーへと介添えする永遠園。


その消耗ぶりが尋常でなかったので事情をきくと


―――夫は自営業、保険は手薄なもの、遺族年金も僅か、ギリギリの生活、アパート暮らし、元々体が弱い上に親戚や頼れる身寄りもなく、といった状況だった。家賃と食費だけで精一杯。この先を思い悲嘆にくれていた。


「あの、もしお嫌でなければ、うちを貸しましょうか」

「え?! でもそんな図々しい事は……」


「私達、結婚当時、リフォームで上下階の2世帯住宅にしたのに程なくしておばあちゃんが亡くなって。今はムダに空いてるけどアパート化は意外と改装費用もかかるし、手続きとか業者とやり取りする時間もなくて……」


「でも…………ホントにいいんでしょうか……大した家賃も払えない私が」


「じゃあこうしましょう、遠慮しない為にあなたの言い値でちゃんと頂きますから。或いは払いたい額を払える様になってからでも構いません。ならギブアンドテイクでしょう」


 そうして共同生活が始まった。


 一階をゆかり達に貸し、二階が永遠園家という住み分けで暮らした。

 その際、保育園にからむ雑事が大変そうだったのを見かねたゆかりは『一緒にみてあげられます』 と申し出をしてお互い助け合いの生活が続いた。


 その頃のゆかりは以前の無理がたたり、体も弱く、よく体調を崩した。そんな時、克己は看病と娘同然の澄美怜もしっかり世話をした。


 子供逹を守るため日々お互いを大事にして精一杯尽くした。やがて生活が軌道にのり、その結果この兄妹も仲良くなった。


――――幸せな毎日が続いた。


 しかしある時ゆかりはそんな日々に終止符を打とうとしていた。これ以上甘えてられない、と求職活動へ。近日面接に行くという。



 聞けばアルバイトではなく家を出るための正社員という。深優人みゆと3才の頃だ。


「あの……このままここを使って貰っていいんですよ」

「いえ、そう言う訳には」


 不穏な空気を読み取った深優人みゆとは、「ママ」……としがみ付く。


 ゆかりをママだと信じ切っている深優人みゆと。2才になった澄美怜すみれも克己のことをパパと呼ぶ。


「自分たちは、このまま家族にはなれないのでしょうか? それともまだご主人への……」


と克己が問う。


「いえ。私みたいな何のメリットも取り柄もない者が良くしてもらって……克己さんこそまるで家族を演じてくれて、きっと無理してるのでは? 」


「演じてません! あなたの誠意は誰よりも近くで見てきたつもりです。でもあなたの方こそパートナーとして僕の事、遠慮したいと言うならハッキリそう言って欲しい。それなら出て行きたがるあなたを引き止める理由はありません!」


 辛そうにうつむくゆかりは少し間をおいてからゆっくりと語り出した。


「いいえ。―――あの人への気持ちは……あの時全力で支えてとっくに整理はついてました。そうではなく、子供達には申し訳ないと思ったけど、これ以上ここにいたら私は苦しくてどうしようもなかったんです。  

 私は母です。女の気持ちは捨てなければと……」


 顔を上げたゆかりは唇を噛み締めてから微かに震えながら続けた。


「でも、本当は、本当はあなたに引き止めて欲しかったんです……あなたを慕う気持ちが止められそうになくて……もうこれ以上……そう言う仲に成れないなら、つらくて……居られなく……なって……」


 泣き崩れるゆかりの肩に優しく手を当てる。


「そう思ってくれてたならもう我慢ばかりの人生を終わりにしましょう。僕と一緒になって下さい。共に幸せになりましょう。そして折角授かったこの宝物を大事に育てて行きましょう」


「ありがとう……ありがとう……ありがとう……ございます……」



  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜



 テーブルを叩いたまま載せられていた澄美怜の手の甲には幾つもの雫が落ち、それらはテーブルにも流れ落ちて行った。


「お父さん、お母さん……ありがとう。それとあんな言い方、ごめんなさい」







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