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第64話 殺してやる、この男も、神も、仏も




「そう思ってくれてたならもう我慢ばかりの人生を終わりにしましょう。僕と一緒になって下さい。共に幸せになりましょう。そして折角授かったこの宝物を大事に育てて行きましょう」


「ありがとう……ありがとう……ありがとう……ございます……」



  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜



 テーブルを叩いたまま載せられていた澄美怜の手の甲には幾つもの雫が落ち、それらはテーブルにも流れ落ちて行った。


「お父さん、お母さん……ありがとう。それとあんな言い方、ごめんなさい」


「澄美怜たちに黙っていた事は悪かった。お母さんとも話しあって、いずれ若い男女が一緒に暮らすことになる訳だから、やっぱりそのまま血縁の兄妹として育てる方が年頃になっても気まずくないだろう……って、そう考えてね。そして何より本当に仲良く助け合う家族、兄妹になって欲しかったし……それで今まで伏せてたんだよ」


「うん」 と涙を指で拭いながら頷く。―――そこへ母・ゆかりが急に身を乗り出して切り出す。


「この際だからその事であと少し、話しておきたい事があるの」


 不思議そうに首を傾げた澄美怜すみれ



――――これだけの事があって更にまだ何か……?



「あなたが生まれる少し前からあの人は病気が悪化して自暴自棄になって。そのせいでもの凄く暴れる様になった。こと有る毎に当たり散らし、仕舞いには私への殴る蹴るの暴力までどんどんエスカレートして激しく繰り返された……」


「産まれる前……殴る蹴る……?!」


 思わず絶句して身を固くする澄美怜すみれ



「お腹に大事な命があると言うのに! ……

 有り得ないと思った。極貧の中、頼れる身内もなく、何度も一家心中を考えた」


 ゆかりの瞳には涙が溜まっていたが、決して溢さなかった。


「悩み抜いた末、私は決意した。―――それでもこの子だけは守ると。

 でも続く暴力に何度も挫けそうになった。それでも心が折れない為にどんな手を使ってでも抗ってやると―――」


 ゆかりにとってその時は果てしない怒り、『恨みの感情』でしか抵抗出来なかった。体教上それが本当に最悪なものとなると知らず。ひたすら全てを恨み、呪った……


『バシッ、バキッ、ドカッ、ドカッ、ボコッ、ドゴォ……ドカッ……』


 ……呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、呪ってやる、……こんな世を作った神も! 仏も! 何もかも! 救いなんて無い……、こんな世の中、全て壊れてしまえばいい……私の心ごと壊れてしまえば……そしたらこの子と無理心中せずにこの子を守れる……


「あんな鬼畜がいた事を呪った。この鬼を殺して私も死ぬと。……でも私は誓ったことを思い出した。私は無理心中しない為に、そして娘の将来を考え、私が犯罪者に成らない為に出来たこと、―――それこそが頭の中で全てを殺すこと。私をこんな目に合わせた全ての者を……」


 殺してやる、この男も、神も、仏も!自分の心も!……何もかも……!



「そう、あなたが小6で大暴れした原因……あれはきっと私のせい……」


「……お母さん」



「ただ、そんな生き地獄の中のせめてもの救い、澄美怜すみれが生まれた時に、何故かあの人がとても喜んでくれてた事」


 その後に医者がガンの転移を脳内に見つけた時、そうした事で判断力や性格……思考そのものまで壊れてしまう場合も有る、と言ってくれたのだった。


「……そしてそれは本当だったの。亡くなる間際、健康だった頃の優しい顔に戻って、『今まで……ごめん、おかしくなってて……でも、ありがとう』 そう言って旅立って行った……。

―――本当は悪気なんて無くて全部病気のせいだった、って分かった……」


 ゆかりはそこで初めて涙を落とした。だが気を緩めずに厳しい顔で続けた。


「入院直前、そんな頭の中が犯された状況で余命宣告を受けたあの人は破れかぶれになってね、暴れて大変な事に……そのせいで様々なトラウマをあなたに植え付けてしまった事に気づいたの」



  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜



 余命宣告を受けた日―――――


「もうだめだ―っ、どーすんだ、お前もこの子も、誰も助けてくれないじゃないかーっ!」


 ガシャーン、と部屋の飾り物をなぎ倒し投げつけた。すると、騒音に恐怖を感じたのか、赤子が激しく泣き喚き出す。


「あなたっ、止めてっ!」


「うるさい! 俺はもうだめだ、お前ももう生きれない。神も仏もいないじゃないか!」


ドカドカッ、壁を叩きイスを持ち上げ振り回し、食器棚までなぎ倒す。ドガッシャ――ン


「キャーァァァッッ」


 激しく中身が散乱して床はもう滅茶苦茶に。


「ど―せ苦しんで死ぬならその子だって生まれない方が良かったんだあ―――っ!」


 テーブルを勢いよくひっくり返した時、載せられていた熱い湯飲みが宙を舞い、アパートのせまいダイニングに置かれたベビーベッドヘ飛んだ。


 身を呈した母の飛び込みは間に合わず、赤子の腹にまともにかかってしまう。


『ギャァァァ――――ッ』


 一層泣き喚く赤子。


「イヤ――――――ッ!」


 急いで氷嚢を作るゆかりの姿を呆然と見つめ、膝から折れる父親。


 必死に氷嚢を当てがうゆかり。泣き叫び続ける赤子……



  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:




 ゆかりにとって思い出したくもない地獄の沙汰――――



 程無く体が衰弱して入院となった夫。暴力から解放されてからは新たな悩みが。その経緯のせいか赤子の夜泣きが尋常ではなく、いかにあやそうが狂った様に泣き喚き続ける赤子。完全にお手上げ状態のゆかり。


 やがて夫は他界。夫の真意が知れた分だけ辛さも心身に響く。


 そうした中、生活苦に加え頻繁に熱を出す赤子に振り回される。抜け出せぬ苦境。泣き止まぬ夜泣き。蓄積して来たダメージとストレスでゆかりはみるみる憔悴しノイローゼ状態になる。


 体調も最悪となり、何度も倒れた。完全に限界だと思った。



―――しかし救いの手が。それが墓地での克己かつみとの再会だった。







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