いつもの朝。
お母さんの体調が今イチだから今日もお兄ちゃんのお弁当を作る。蘭は要所を手伝いながら私達の朝食を用意してくれている。
あの頃のような平和な日常。 そして朝の挨拶と共にお兄ちゃんがダイニングに入って来た。
「あれ? マグカップが新しいのになってる」
ピュアな笑顔を放った蘭が、待ってましたとばかりに説明開始。
「あっ、それね、あの東京のアート展に行った時にお姉ちゃんが買いたがってたヤツ。後で買おうと目星を付けてたけどあの脱出騒動で戻れなくて買い逃したから、横浜で同じのを何とか探して買ってきたんだ」
「わー嬉しーっ! でもあれ高かったでしょ? しかもお揃いで3個も ?! 」
「いいの。これはお姉ちゃんへのお礼。それに記念に何か残したかったから」
……蘭ちゃん相変わらず健気だな……ホントいじらしくて可愛すぎる……。
―――でも、こんな愛し過ぎる日常も今の私にはまるで違う世界から見ているようだ……
そう。だって仕方ないんだよ。
『偽りの妹』生活が始まったのだから……。
ダイニングテ―ブルを挟んで向かい合う兄に、仮面を被る
――― 私が実妹じゃない事で恋人になれる可能性が生まれたのは正直嬉しい。かつて兄さんはその優しさ故に私に未練が残らぬよう敢えて恋愛関係を拒んだ。
弱い私はその言葉を受け止めきれずに傷ついてしまった。いくら妹として愛してくれると言われても、結局兄さんへの気持ちを止めるなんて出来なかった……。
「そうそう、この前スマホに送ってくれたアニメオーケストラのパンフ、ありがと。面白そうだよね」
食パンをかじる兄へ白々しいやり取りで話を逸らす
……あの告った日に兄さんは、『別れ』もある恋愛ではもしもの時、救えなくなる。そしたら私は最悪消えてしまう。
だから好き嫌いの対象にしたくないと言ってこの恋を封印してくれた……。
「
……優しい人。こんなお邪魔虫を誘っても何の得も無いのに。はぁ……にしても自分だけが『
こんなに想いが募った人に対してこれ以上空しい事はない。もう全部ぶちまけようか。それも今この場で……
―――どんな顔をするかな……なーんてね。
ま、どっちにしても『あの障害』が残ってる限り状況なんて変わりっこない。ああ、もう障害が吹き飛ぶくらいの大事件でも起きないかな。
だってそれなりの事情があれば駆け落ちだって覚悟するって言ってくれたんだから……
「うん、あのコンサートなら私も興味あるし……蘭ちゃんとでも行ってこよっかな」
「やった一! お姉ちゃんとコンサート! 行こ行こ !! 」
ふふ、お兄ちゃん驚いてる。あなたとなんか行ってあげませんよ~だ。……だって……どうせもうあの人と……
……ああーっ、また嫉妬だ。もうやだ……こんな私。こうなったらやっぱり兄さんにも義理の兄妹と知ってもらおう。
実は私達が他人だと知った時、この人はどう出るのかな……少なくとも私はダメだった理由を全て『妹』のせいにしても後悔しかしない。
とにかく『リべンジ告白』だ!
……ただ、運命の人が現れてしまった今、多分それは想いの成就にはならないって分かってる。それでも……。
「お兄ちゃん、今日ちょっと用あるから登校、別でいいから
なら私が本当にしたい事は何? このまま私が実妹じゃない立場で迫ったら、この人は最愛の人と私との約束との間に板挟みになる。苦しめたくない……
だって、この人はただ癒しの力で救ってくれてたんじゃない。倒れてしまうくらい自分をすり減らしてまで私の為に尽くしてくれてた……。一度たりともそんな素振りもみせず……。
私が守られながらも生きようとしたのはこの人に強く望まれたから。そして一生守られ続ける為には生涯パートナーじゃなきゃって思い込んだ。
でも今は寧ろ百合愛さんとの仲を邪魔しない方が彼の幸せに繋がるって分かってる。
―――私の望みはこの人の幸せ。それなら……。
「
「ううん、別に。どうして?」
やっぱりちょっと勘付いてる。本当スルドイ人。それでもきっと驚く事になるんだよ。そうやっていつも気にかけてくれてる兄さん……もう、愛し過ぎて……
でもこのまま問題を先送りにすればいつかは二人結ばれて、私はあの力の庇護を受けられなくなってしまう。そして暴走したら今度こそ大変な事に……
そんな事に成るくらいなら……
だからこれ迄の恩に感謝して思いのたけを伝えられたら、後は兄さんを自由にしてあげたい。そしたら思い残す事は無いはず。
この闇を抱えた人生でも、兄さんのおかげで十分幸せだったのだから。
―――そう、やっと成すべきことが見えた。