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第72話 俺のせいであいつの将来が……






 事件の翌朝―――


 いつもの待ち合わせ場所で深優人みゆと澄美怜すみれを待つ百合愛ゆりあ。だが予想外の人物が永遠園家の玄関から小走りして近づいてきた。


「あら、蘭ちゃんおはよう」


「百合愛お姉ちゃん、きのう大変な事が有って、今日は先に行って下さいって」


 緊迫感のある声音で顔が曇っている。


「どうかしたの?」


 泣きそうに眉を寄せて、それが……と、知ってる範囲で伝える蘭。


「大変! どこの病院なの?」



  *



 その午後、百合愛ゆりあは急いで学校から帰り、病院に駆けつけた。


 受付で教わった部屋番号を頼りに辿り着くもドアは開いており、誰もいない。すると、通り掛かりの看護師が「永遠園さんなら集中治療室に行かれてます」との事、即座にそちらへ向かうと治療室の手前の待合ホールのベンチにうな垂れる深優人みゆとの姿が。



 声をかけると生気を失った顔を持ち上げた。


百合愛ゆりあちゃん……」


 ただならぬ形相。ベンチへ腰掛け寄り添いながら経緯を聞く百合愛ゆりあ

 その状況を聞かされ驚くが、何を言ってあげたら良いか分からない。


 ショックで青ざめる深優人みゆとを励まそうとするが、どうしても言葉が出ない。


 聞けば脇腹の裂傷の縫合は首尾よく行われ成功しているという。しかし内臓まで到達している損傷度、そして今だ意識も回復しておらず、状態が安定するまで集中治療室での対応だと言う。

 激しくぶつけた腰や頭部の精密検査を終え、戻ったところらしい。


 深優人みゆとはそれら長時間の付き添いと、澄美怜すみれを守りきれなかったショックのあまり激しく憔悴していた。普段なら言わない弱音をボロボロ吐き始めた。


「俺のせいであいつの将来が……どうして守れなかったんだ……」


 深優人みゆと澄美怜すみれに対して何か神から授かったものの様に思っていた。

 それは自らの前世のトラウマに対し、『大切な物を失わずに守り抜く』というやり直しの機会を与えて貰えた存在として。しかし――――


「ずっと、ずっと……託されて、大事にしてきたのに……只でさえ、他人ひとから預かった……特別な……」


 血縁の真実を知り、それは神からと言うより、父母からやり直しの運命を与えられ、妹を大切にしなさい、と預けられたような気持ちに変わっていたが故に発せられた言葉だった。



「―― ひと? 預かった?……それって?……どういう……? 」


 普段なら慎重に言葉を選ぶ深優人みゆと。後の影響を色々考えてしまう性格の筈が、その疲労に加え、話せる人が唯一心を開いている百合愛ゆりあだったせいか、つい聞かれるままに話してしまう。

―――全ての真実を知ってしまう百合愛ゆりあ




 ……それなら、深優人くんが選ぶのは……




 硬直する百合愛。しかし直ぐに気丈にも、



 ……なら今後、自分がすべき事は? 彼と澄美怜ちゃんにしてあげられることは?……



 その慎ましやかな唇を固く噤みしめた。


 しかし深優人みゆとはいつ迄も自分を責め続けた。百合愛ゆりあを前にして涙を隠そうともせず。 百合愛はただ何も言わず深優人みゆとの背に手を当て、一緒に泣いてあげることしか出来なかった。



  *



 かなり時間を要したが百合愛ゆりあの寄り添いも奏功し、自分を取り戻した深優人みゆと

 もう遅いから、と彼女を送る気遣いを見せたが、『まだ一人で帰れる時間だから』と遠慮した。


「深優人くんも体壊さない様にね、あと澄美怜すみれちゃんの意識が戻ったらお見舞いしたいから何か変化あれば教えてね……会えないのは寂しいけどそっちが大事だから頑張ってね。何か手伝えることがあったら何でも言ってね」


そう言って病院を後にした。




◆◇◆


入院2日目の事――――


 家族交代での澄美怜すみれの看病。その美しい寝顔をじっと見つめ続けていた深優人。


 長い睫毛がピクリと動き、少し眩しそうにゆっくりと瞳を開いた。


澄美怜すみれ!!」


 すると何やら不思議そうにこちらを見てふと放った言葉に耳を疑った。


「あなたは……誰ですか」


「―――澄美……怜……?」


「それが私の名前なのですか? ちょっと……思い出せません」


 総毛立つ深優人みゆと。だか自分が狼狽うろたえてはだめだ、と冷静を装いゆっくりと語り掛ける。


「ゆっくりでいいよ。君はある事でショックを受けてる。よく休んでから思い出せばいい」


 キョトリと首を傾げる澄美怜すみれ。その顔は愛らしいままだ。


「父さん母さんにも目覚めた事、伝えるから。直ぐに来るから安心して」


「それは……どんな人ですか? 」


 と無表情に問われ、事態の深刻さが見えてくる。


「頭とか、脇腹は痛くない?」

「今はそんなには」


「君は刃物で深手を負っているから暫くは動かない方がいい。とにかく無理はしないで」


 そう言って休ませる。色々思い出せてから話をした方が良いと判断した。


「私に何があったのですか? 体以外は……気分が悪いとかは無いので話しなら出来ますし聞けるので教えてもらえますか?」


 深優人は掻いつまんでまず事件の事を話した。それ以外は記憶がどこからどこまで欠落しているのか分かってから話した方がいいと判断した。


 聞けば、日常使う言葉やある程度の感情があり、人間関係などがよく思い出せないという。


「あなたに対して家族の様な暖かさ、そして強く慕っている様な感じがします。でも見たところとても若く、夫ではない様に見えます。 兄妹……いや、それとも違う……もしかして恋人とか、ですか? あなたを見ると何かそのような感情だけが感じられるのです」


 沈痛な面持ちとなる深優人みゆと








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