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第76話 今、神様が言った気がしたんです






「フーッ……、まだ訓練通りにはいかないなぁ……」


 病院で教わり訓練された日常生活の実践。車イス生活は当然段差に弱い。僅かな段差についても急遽スロープを設置して対応。


 階段などもっての外のため、一階の使われなくなった祖母部屋にベッドを設置して対応。新しい澄美怜すみれの部屋となる。



 あ―っ、にしても大変なのはトイレとオフロ! これは1000%乙女を失望させるもので、まだお母さんの助けが絶対に必要……。

 お母さんも大変そう。とは言え、さすがに世話焼きのお兄ちゃんにそれをしてもらうのはこっちがNGなので、自分とお母さんで何とかするしかない……。


 だがそんな澄美怜すみれでもさして落ち込んだ様子は見せて居なかった。

 その理由、それは―――恋人からは関係保留、記憶は欠落、その上、体も動かず、と、今更感でもうなる様にしかならない……と開き直らざるを得ない状況がそうさせているのかも知れない。


 そうした出来る事の少ない中で、好きで得意なWEB世界に浸れる事は澄美怜すみれにとって幸いだった。


 早速今の自分に関連する動画を漁っていた。


「オオ~、これだ! 『出来ない事よりも出来る事を数えよう』かぁ……良い言葉だな」


 障害者のアップしてる動画のこのフレーズと出会った事は大きかった。


 ……出来る事か……今の自分ならネットもアニメもやり放題。案外悪くない。それにこれは人生全てにも言えるよね。


 そしてもう一つ、前向きになる為の澄美怜すみれなりの呪文も出来た。それは。


『今、彼は健やかに生きている』


 私がそれを守ったんだってお兄ちゃんから聞いた。『出来ることを』よりも先ず『出来たこと』を先に数えられる。それは断然前向きになれる事だったと思う。

 だって私はあの人のヒーローなんだから。あ、ヒロインかな……?



  **



 新生活は皆が献身的に手伝う事で不便な中にも喜びもあった。特に家族の団欒があって寂しさを感じさせない。

 勉強や読書(殆どマンガだが)や好きなアニメ視聴にもガマンする様な事は何も無く、むしろ落ち着いて出来た。

 休日には兄がより献身的に公園や海などに連れ出し、外の空気に触れさせていた。



 ……好きだ。この人が……その感情だけが強く残ってる……



 そう思える人をこんなにも独占して時間を共有出来る贅沢。 不自由と引き換えの幸せに少し他人事のように思う。


 ……今でさえこんなに嬉しいのだから記憶を失くす前の自分だったらどうなっていたのだろう……



 こうした日々の中で日記を何度も読み返して殆どを頭に入れ、心に留めた澄美怜すみれ。そこでは実に多くの満たされない想いが綴られていた。


 ……そんな私の事だから、この贅沢にきっと舞い上がってまた訳の分からない事になってそうだな。フフフ……



 その後、二人の関係、恋人としての提案についての返答は末だ貰っていない澄美怜すみれ。それ故に呼び方についても継続したままで、今はまだ『お兄ちゃん』と呼んでいる。


「あのね、お兄ちゃん、その内に神社に行きたい。願掛けに。この症状が治るようにって」


「モチロン! 俺も澄美怜すみれが良くなる様に祈りたいから、次の休みの日に行こう」


 こうした事には全部こたえてくれるから嬉しい反面、少し気が引ける。


「ごめんなさい、いつも注文バッカリで。こっちから何もしてあげられないのに」


 しかしこの所の深優人みゆとからは一時の重苦しい表情が消え、少し嬉しそうに応える。


『してあげられる事なんて何も無い、とキミは言うけどそんなの問題ない。だって一生分もらったんだ』


 お兄ちゃんはそう言って今まで以上に世話してくれて、そのお陰でいつも一緒。日記の中の妹はきっと本望なんだろうな。

 その残留した感情の宿る私は少し他人事みたいに考えてるけど、でも満たされている事に違いはない……。



**



 ある穏やかに晴れた日。例の願掛けのために二人は約束通り神社を訪れた。


 静謐とした境内を深優人みゆとに車椅子を押されてゆっくりと散策してから参拝した。


 だが直後から妙に無言で焦点の合わぬ目をした澄美怜。心配になった深優人みゆとは覗き込んで、「願掛けちゃんと出来た?」 と声をかけると、



『―――今、神様が言った気がしたんです……』



 と、まだ目を見開いて慄然としたままの澄美怜すみれ。異様な雰囲気に耳をそばだてる深優人。

 そのまま澄美怜すみれは語り出した。


「お前が真の願いに目覚め、それを本当に叶えたいと思ったならば、もう一度ここへ来て全てを捧げて祈りなさい――と。さすればそれを叶えよう……と……」


 ……それを神様が? と半信半疑の深優人みゆと


「スピリチュアルだね。でも澄美怜の真の願いって一体何だったんだろう……」


「それなら私、本当の願ってた事、知ってますよ。日記に書いてあったから……」



 日記の内容。


―――激しく抑圧されてた澄美怜すみれの事だ。きっと本音を沢山綴ってあったに違いない。思わず、


『それは?』


 と追求する深優人。


「勿論の事だと思う。―――小学3年の出来事をそれこそ度々書いてあったの。自害を止めてくれたお兄ちゃんが『生きててくれなきゃやだ、だから絶対に守り続ける』って言ってくれたのを死ぬ程喜んでた。

 だから何があってもこの人が望んでくれる限り、この人のために生きてそれを叶え続ける事が自分の全てだと……。それが真の願いのはず」





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