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第3話白い令嬢は瞳に映る

レオニード視点です。


 隣国の近衛親善試合で訪問していた。楽しみと言えば友人のロイド・アイスクリンと戦えることぐらいだった。人間にしては獣人と渡り合える時点でかなりできるといえるだろう。そんなあいつとやれることだけが楽しみで、それが終わった今、ここは退屈なパーティーだった。


 ただでさえ獣人というだけで注目されるというのにその反応が好意的なものだけでないのは確かだ。


 (つまらん。まぁ、この会に参加した時点で役目は果たしたし明日早々に帰ろう。ここは退屈すぎる。)


 従者の運んできた酒を受け取って一気に煽る。


 (薄い・・・・・・。)


 そんななか会場に響き渡る「婚約解消」の言葉。


 (こんなのご婦人の好む架空の世界の出来事かと思っていたが・・・・・・。)


 王太子ともあろうものが何も国外から賓客を招く会で騒ぎを起こさなくてもいいだろうにとも思いつつ、レオニードは婚約解消宣言された令嬢を不憫に思い視線を走らす。


 その先にいるのは『白』だった。


 一目で衝撃が走った。


 体中の毛が逆立ち目が離せない。


 年のころは22,3といったところだろうか。その令嬢は白金の髪を編み上げてまとめ、薄い水色のドレスを纏っている。流行りのふわふわしたようなものじゃなく。シンプルなAラインでありながらレース使いが上品で落ち着いたデザインがその細身をさらに引き立てていた。その強い眼差しは青みがかった灰色に透けるような白い肌があいまってさらにその白さを引き立てた。


 凛とした声は銀製の鈴を思わせるように澄んだ耳に優しく、けして大声でもないというのにはっきりと会場に響いた。


 その口から紡がれる言葉はけして褒められる内容ではないというのに、その声質の良さにずっと聞いていたいとう思いが沸き立つ。


 (ああ。そうか……間違いない。)


 目が離せない。あの髪を解いたらどんな手触りだろう。そっと口づけて手で頬を撫でて、額にキスをしふっくらと艶やかな唇を貪り、うなじを吸いつくしたらどう色づき、鈴のようなあの声がどう鳴くのだろう。たわやかな胸のふくらみがどれほど弾みあのくびれた腰がどれだけ跳ねるだろうか。


 (触れてみたい。)


 頬が上気していくのが分かる。愛しくて切なくて激しく求めずにはいられない。間違いない。あれは番だ。生涯をかけて守り慈しみ求め離せないたった一人の存在。


 (婚約解消とは好都合。あんなガキにくれてやるものか。)


 そこまで考えてはたと思う。


 まさか触れたのだろうか。レオニードの唯一に。あの人間のガキが・・・・・・。


 考えただけで胃が締め付けられる。吐きそうだ。


 ああ。そうだ。こんなところでほかのオスにさらしていることが許せない。叶うならばどこかに閉じ込めて自分だけを目に映させたい。鳥のように愛でてぐずぐずに甘やかし触れ泣かし抱きつぶしてしまいたい。


 (そんなことをすれば嫌われて手に入らなくなってしまうな。)


 自嘲のように笑んで成り行きをそっと見守る。


(待てよ……シェリー・アイスクリンといったな。そうか!ロイドの話していた末の妹か。)


 ひとしきり言い募って落ち着いたのだろう。とたんに興味を失くしたようにその場を離れ家族のもとへと駆ける姿さえ愛おしい。その先には予想通りの男の姿。


 (こんなことなら適当な言い訳でもつけて家に押しかければよかったな。)


 そういえば昔誘われたことがあったな。もったいないことをした。と今更ながらに思いつつそばだてた耳に会話が聞こえる。


 もっと聞きたい。触れたい。この衝動はどうすれば収まるというのか。


 (そうか、この令嬢は我が国に興味があるのか。)


 ならば・・・・・・。


 (攫ってしまえばよいのでは?)


 胸の内の想いを悟られぬよう注意を払いそっと声をかける。怯えさせないようにあくまでも紳士的に。ここで不信感を持たれてはいけない。


 『肉球じゃない・・・・・・。』


 たまらず笑みがこみ上げる。


 (握手をして残念がられるなど初めてだな。)


 その姿さえ好ましく愛しい。叶うならどんな願いも聞き届けてやりたくなる。


 そっと手に力を込めて叶えてやれば両の手で握られた。小さく細い指がふにふにと触れてくる。背中に走る快感にぞくぞくし思わず目を細める。


 今すぐ腕の中に閉じ込めたい衝動を無理やり抑え込み声をかければ、流れるような速さで話を進める。ロイドも快く認めてくれた。本人も乗り気だ。この機を逃すわけにいかない。


 明日迎えに行くと残しその場を辞する。


 (ああ、早くこの腕に落ちておいでシェリー。世界でただ一人のひと。どこまでも溶かして愛してあげるから・・・・・・。)



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