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第7話白い令嬢は惹かれる

 陽気な音楽と共に人々は談笑している。


 (こうやってみると獣人の皆さんも、人間とあまり変わりないような気がします。)


 昨日国王に言われた通り夜会は開かれた。国賓として迎えられたシェリーの歓迎会として急遽開かれたものというが、会場の煌びやかさと華々しさに圧倒される。


 (自国の王主催でもこれほど豪奢な会はなかなか見たことない。次期国王の選定中というのに果たしていいのでしょうか?と、いうか他国の令嬢相手にここまでの会をする理由なんてあるのかしら?)


 異国の習慣に疎いこともあり、この状況がどうしたものか理解できず隣のレオニードを見上げる。会場に入ってからというもの、レオニードの帰還の祝いを告げる獣人たちに次々と紹介されては質問攻めにあっている。


 『国賓として招いたのは私なのだからしっかりエスコートさせてもらうよ。』


 会場入りする際にレオニードはそういった。いうが早いか左肘にシェリーの腕を絡めさせて、尻尾を腰にからめる。そしてその目はとろけるように細くなった。


 シェリーが不安そうに見やれば、やはり溶ける笑みを向けられる。


 (い、居心地が悪い……。)


 そんなシェリーにそっとレオニードは耳打ちする。


 「ファーストダンスは私とシェリーだからね。」


 「え……?」


 言われて目が落ちそうなくらい見開くが、すぐに何事もなかったように笑みを浮かべる。心の中では動揺していたし、そもそも自分の知っているもので大丈夫なのか。


 国にいるときは散々踊った。婚約者であった王太子とのファーストダンスに始まって、王家とのパイプを少しでも持とうとする貴公子たちからのダンスはできるだけ断らないようにしていた。それも社交の一つと、仕事だと割り切っていた。だからどんな相手が来てもどうにかできる自信はある。


 階をおりて、会場の中央にレオニードとポジションをとると楽団の曲が変わる。それに合わせるようにレオニードの力強い一歩が踏み出される。またそれに合わせてステップを踏む。


 ターンするたびにふわりとドレスが翻る。会場の視線は二人に釘付けだった。ダンスの間ずっと視線を逸らすことのないレオニードはパートナーにだけ聞こえるようにつぶやく。


 「ああ、シェリーとても綺麗だ。」


 足を止めなかっただけでも自分を褒めたい。つぶやかれた言葉を咀嚼すると同時に熱が顔に集まってくる。その様子に機嫌よくしたレオニードはふわりと抱き上げリフトする。


 「っ!!」


 「シェリーは羽のように軽い。飛んでいってしまわないか心配になるな。」


 そういってまた腕の中に戻ったシェリーを先ほどより強く抱き寄せたその時だ。


 バン!!


 会場の窓全面が突然開き黒装束に包んだ者たちが飛び込んできた。一目で賊とわかるそれは、会場の中心にいるシェリーとレオニードを囲む。


 咄嗟の出来事にシェリーはレオニードの腕から滑るように抜け出し、背中合わせになる形でポジションを取ると冷静に状況を見つめる。会場の他の客を狙わないあたり目的はレオニードであると考える。騒ぎの大きさから間もなく騎士が突入してくるだろうとも思いながら、肩越しにそっと告げる。


 「後ろは8人です。」


 飛び出してくる賊がいないか警戒しながら腰を落とすと、すぐ後ろで息をのむ気配がした。


 「前は9だ。」


 返ってきた言葉と同時に剣が引き抜かれる気配がした。普通ならば恐怖するような場面だというのに、背中から伝わる熱はかえって安心することに気づく。


 (不謹慎だけど、ちょっと楽しいかも。)


 こんな感情婚約者であった王太子にも抱いたことは無かった。胸にともる温かな感情を何と呼べばいいのだろう。


 そんな考えに耽っていると、レオニードの動く気配を感じる。


 「まずは1、それから2。」


 どうやらレオニード正面から二人襲ってきたらしい。手早くそれらを切り捨てたレオニードに合わせて屈みこみ剣の邪魔にならないよう気を配りつつ後頭部で彼の腰のあたりを押し、お互い背中合わせの状態で回れば前後が入れかわり、さらに2人レオニードが切りつける。と、同時にシェリーは屈んで伸ばした右足で一人の足を薙ぎ払う。


 その時にめくれ上がったスカートから白い足があらわとなり、一瞬会場の視線が釘付けられたものの、そんなことも気にせず、その足の太ももにつけられたホルスターから輪のように纏められた鞭を外し、スカートを払って足を隠す。鮮やかな手さばきは数秒の出来事であったが人々に印象付けるには衝撃すぎた。パンパン!と乾いた音を立てて立ち上がりレオニードの左肩後ろに後頭部を寄せれば


 「これで4.」


 と、告げられた。


 「こちらと合わせて7です。」


 「少し離れてもいいか?」


 「大丈夫です。」


 背中から離れれば守れないと思っていたのか、確認するようにレオニードに問われてシェリーは頷いた。その顔に笑みを浮かべて。


 (距離を取って戦っても大丈夫と信頼してくれた。)


 この緊急時にその事実だけが嬉しい。


 賊から中距離を保ったまま、レオニードの剣をさえぎることがないように鞭をふるう。視界に動く賊がいなくなり、剣を収めた刹那狙いすましたように再び動き出した一個体に理性より体が反応する。


 「レオ!」


 言葉と同時に手に力を収束し放つ。向けられた力は一直線に賊へと命中し、燃え上がる。


 「白い炎……。」


 賊が膝をつきその火はすぐ収束したかと思うと、強い力に抱きしめられる。


 「あ、あの。」


 小麦色の髪が視界に広がり、レオニードの腕の中にいるのだと実感する。


 「最高だ!シェリーはなんて素晴らしいんだ!」


 「え?あの、レオニードさま?」


 状況がつかめず困惑する。それより賊を置いたままで大丈夫だろうか……。そういえばこれほどの騒ぎだというのに騎士や警備が一人も駆けつけてこないのは?と思考を浮かせた時だった。


 「レオ。そう呼んではくれないのか?私は嬉しかったのに。」


 見上げれば拗ねたような瞳にぶつかる。


 「れ…お……。」


 「ああ。そうだ。愛しのリィ。」


 ふわりとほほ笑まれ、どうしたらいいのか腕の中で身じろぎする。


 (い、今愛しのって、というかリィってなに!?)


 困惑しているシェリーを置き去りにするように周囲の人々から拍手がおきる。


 「やっと見つかった番が人間と聞いてどうなることと思ったが。」


 「なんと見事な手さばき。」


 「レオニード様との息もぴったりですな。」


 「鞭が使えるうえに魔法まで使えるなんてこれは決まりでしょう。」


 ざわめきから拾った言葉の数々にシェリーの混迷はさらに深まる。しかし、そんなこともお構いなしに歩み出た獣人がひとり、またひとりと傅いていく。


 「レオニード様、我らはあなた様を次期国王とし、推挙いたします。」


 会場中の頭が下げられ、いたたまれなさに見上げると熱の籠った瞳が向けられ、そっと頭に口づけられる。どうしていいかわからず俯くと高らかな声が響く。


 「ここに審議はなされた!レオニード・ライアンを次期国王と選定する!」


 壇上から国王の声がして、頭のどこかでぷつりとした音と同時にシェリーは意識を手放した。



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