もう一人の私が見れば、結局、束縛社長と一緒にいるのかと笑われるかもしれない。
私は隼人の狡さも愛おしいとさえ思えるくらい彼が好きだ。
周りの人間だけではなく、彼自身も自分を無敵のように思っている。でも、彼は私と同じように深い傷を抱えて隠している人だ。12歳で両親を失った事をなんでもない事のように彼は話す。彼は幼い時から真咲グループの次期跡継ぎとして、両親の死を忘れたように生きなければいけない環境に置かれてきた。
本当ならば自分と祖父の間にいただろう父親の存在を感じない訳がない。
自分の人間的な生活よりも仕事を優先している彼にどうしたら幸せを感じて貰えるのかをいつも考えていた。
「僕が愛してるのはルリだけだよ。これからも、それは変わらない。もう、絶対に君を傷つけない。結婚して、幸せになろう! 僕と君は家族になるんだ」
隼人が私の頬を両手で包みながら伝えてくる。彼の瞳には私しか映っていない。
(私はここまでで十分だ⋯⋯)
愛人にされるショックで視野が狭くなっていたが、冷静になって彼の立場を考える。
(隼人の周りが私との結婚を許すはずない⋯⋯)
見捨てられた私とは違って、彼は真咲グループを背負っている。彼は常にグループ会社の利益になる選択をしなければならない。彼が何もかも持って生まれた女好きな御曹司ではない事を私は知っている。彼は社員の生活を背負っているという立場に責任感を持って仕事をして来た。
そんな彼が私の為に変わろうとしてくれた。今までの価値観を捨て、私を選んでくれた。大好きな彼と将来を夢見る事ができた。その事実だけで、私は自信を持ってこれからを生きていける。この先、彼が反発にあって私を捨てる選択をしても、私は彼を恨まず応援する。
「いいよ。傷つけても。もう、隼人だけは、私をズタズタにしても許してあげる!」
彼を楽にしようと思った言葉は、全く違う意味で彼には伝わったようだ。
「ルリ、覚悟して! 僕は命をかけて、君が嫌になるくらい愛して幸せにするから。これからはルリに傷なんて一つもつけさせない。君が僕を選んでくれた事を絶対に後悔させない」
隼人が真剣な眼差しで私への愛を誓ってくれて、涙が溢れるのを止められない程の多幸感に包まれた。
♢♢♢
あれから一週間、私は隼人の部屋で過ごしている。
今日も私が作った朝食を隼人が美味しいと言って食べてくれている。
「この筍ご飯とお味噌汁、本当に美味しい。ルリは料理も上手だね。僕のお姫様は万能だ!」
隼人の言葉に微笑みながらからになった空になったお茶碗を片付けようと、手を伸ばした時だった。
『今日未明、広告代理店勤務、須藤聖也容疑者が婦女暴行容疑で逮捕されました。容疑者はカラオケ店で女性の飲み物に⋯⋯』
テレビから流れるニュースに一瞬で息ができなくなりそうになる。フードを深く被って髪を黒くしているが、間違いなく私の人生を滅茶苦茶にした彼だ。
私は思わず持っていたお茶碗を落として割ってしまった。膝に力が入らなくなり、地球の重力はこんなにあったのかというくらい体が重くなる。必死に割れた茶碗に手を伸ばすと、隼人に腕を掴まれた。
「僕が片付けるから、ルリは休んでて」
「はぁ、はぁ⋯⋯でも、隼人は仕事が⋯⋯」
私は失いそうになる意識を必死に繋ぎ止めた。