あんな男に好きなようにされたなんて、隼人には絶対に知られたくない。
「私は、大丈夫。ちょっと手が滑っただけだから⋯⋯」
私がまたお茶碗に手を伸ばそうとすると、隼人に横抱きにされてソファーに連れて行かれた。
「隼人、忙しいのに本当にごめんなさい。酷いニュースを聞いて動揺しちゃっただけなの。あんな酷い人がいる事が信じられなくて⋯⋯」
須藤聖也が婦女暴行容疑で逮捕されたが、私の人生を滅茶苦茶にした彼はこれまで広告代理店社員になりのうのうと生活していた。
「ルリ、大丈夫だから。もう、彼は捕まったよ」
「あんな人⋯⋯二度と刑務所から、出てこないで欲しい⋯⋯」
絶対におかしいと思われるのに私は流れる涙も声が震えるのも止められない。
ソファーに横たわらせてもらっているが、スプリングの柔らかい弾力も感じない程に体が硬直してしまっている。
隼人は私をそっと抱きしめた。
「もう、彼がルリの目に触れることは絶対ないよ。僕が約束する」
私は震える手で彼を抱きしめ返す。彼の温もりが私を安心させてくれる。
私は隼人が私の過去を知ったけれど、私を傷つけないように尋ねないでいてくれた気がした。
「今日は仕事は休むよ。ルリと一日中一緒にいたい、どこか行きたいとこはある?」
「ベッドに行きたい。今日は隼人にずっとギュッとして欲しい。何も考えられなくなるくらい、私を愛して⋯⋯」
「僕もルリを一日中抱いていたい。僕のことしか考えられないくらい愛してあげるね」
隼人は私をそっと抱え上げ、ベッドまで運んだ。
彼は指先から順にキスを落としながら、私の身体を丁寧に優しく解きほぐしていった。
彼がいつもより緊張している気がして、私はそっと彼の胸に耳を寄せる。
「凄い音、隼人は苦しくないの?」
「苦しいよ。全部、ルリのせい。君といると心臓が割れそうなくらいドキドキする。君は僕にとって本当に大切なお姫様なんだ⋯⋯」
彼はいつも余裕に見えていたが、私と出会った日だって彼の心臓は私と同じくらい強く速い鼓動を打っていた。
「本当に私の事が好きで仕方ないんだね。可愛いな、隼人は」
「ルリの可愛さには負けるよ」
彼はそう言って私の髪を愛おしそうに撫でた。私はその丁寧な手つきに初めて彼に抱かれた時のことを思い出していた。
ふと、窓の外を見ると雪が降ってて、ふわふわ舞い落ちる雪が天使の羽みたいで一瞬目を奪われた。
『ルリ、愛してるよ。君と出会えたとはクリスマスの奇跡だ』
出会ったばかりの目の前な男の言葉など信じてはいけないと頭では分かっていたのに、彼は私しか見てなくて私も外の風景を見るのをやめた。彼が私の求めていた温かな愛と、包み込むような安心感をくれようとしていると感じたからだ。
ふと、外を見ると雲一つない青空が広がっていて今日は外に出ないと勿体無いのではないかと一瞬思う。
私の目線を遮るようにカーテンが閉まり、驚いて隼人を見るとベッドサイドのリモコンに手を掛けていた。
「外の風景にも嫉妬し出したの? 本当に私の事独り占めしたいんだね」
「そうだよ。だから、ルリ、僕だけを見ていて」
私はもう一人の私が彼を『束縛社長』と呼んでいたのを思い出した。 隼人は自分が世界の中心で、人を駒のように思っている節がある。駒は使える時は利用し、いらない時は手放す。
(隼人が縛ってくれるのは私だけなんだよ。こんな特別ってないよ!)
「うん、もっと私を独り占めして⋯⋯」
私は彼の首にしがみつき、耳元で囁いた。
私は隼人と時間を忘れてお互いを求め合った。
カーテンの隙間から夕陽が落ちるのが見える。
(隼人に仕事休ませちゃった⋯⋯)
流石に体が気だるくてベッドでゴロゴロしていると、隼人が缶ビールを持ってくる。
(いつもお水を持ってきてくれるのに何で?)