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第46話 王子様との結婚式

「ルリ、勝手に君のビールを飲んでごめんね。夕日ビールのエクストラプレミアムビールの在庫は全て買い取ったから許してくれる?」

「う⋯うん⋯」

 隼人が申し訳なさそうにビールを差し出してくる。

(私、ビール飲んだことないんだけど⋯⋯もう一人の私か⋯⋯いかにもビール好きそうだな)


 私は隼人からビールを受け取り、軽く乾杯のポーズをとって口につける。

(飲み慣れてないせいかな⋯⋯全く美味しさが分からないし、苦い)


「僕はあまりビールは飲まないけれど偶に飲むと美味しいね」

 私は隼人のビールを取り上げサイドテーブルに置くと、自分のビールを差し出した。


「私、前に隼人に意地悪しちゃって傷つけたよね。仲直りの証に私のビールもあげる」

 隼人が「間接キスだね」と言いながら私のビールを受け取ってくれてホッとした。彼は女性遍歴が派手そうな見た目をしながら、私と接する時は初恋相手を前にした思春期の男の子のようだ。「間接キス」より濃厚なことをしているのに、いちいち意識している所が愛おしい。


「ルリ、そろそろ結婚式の招待客のリストを作成したいんだけど」


 隼人は立場上、結婚式を行う必要がある。私の希望でマスコミはシャットアウトして、私の着用したジュエリーだけ公表して『ダイヤモンドプリンセスのブライダルシリーズ』として売り出す予定だ。


 私は結婚式に呼びたいのは親友の真智子だけだと伝えた。


「真智子は世界一カッコ良くて、優しい自慢の親友なの」


「一緒に暮らしてたパラレル総合研究所に勤めてる子だよね。牽制の意味で妻がお世話になってますって多額の寄付しとくわ」

 女である真智子にまで嫉妬する隼人が可愛くて仕方がない。


 その後、須藤聖也は余罪が沢山あることが分かり、私が被害にあったカラオケボックスも摘発された。

 須藤聖也は彼の親族もろとも世間から袋叩きにされた。須藤聖也が仮釈放期間中に自殺した報道を見て、人の死に初めてホッとした。


 今日は私と隼人の結婚式だ。できるだけ目立つことはしたくないけれど、隼人の立場上お世話になった人への感謝の意味でも結婚式は挙げなければならない。


 ウェディングドレスを真智子に付き合ってもらって沢山試着した。試着したドレスの写真を見ながら隼人が釘付けになったドレス。最近の流行の肩出しの露出の多いスタイルとは違うレースで包まれた慎ましやかな装い。隼人に着て欲しいとお願いされたプリンセスラインのウェディングドレスには少し重く感じるくらいにピンクダイヤモンドが施した。隼人は本当は私に永遠の愛を求めている。彼は愛情に飢えた寂しがりな人。ずっと変わらぬ愛が欲しい。私も同じだから彼の気持ちが痛い程に分かった。



 結婚式の控え室で隼人を待っていったら、先に現れたのは隼人を育てた義祖父母だった。隼人から2人は仲が良くなくて、お互い別に恋人がいると聞いていたがそうは見えない。隼人にも見えない絆を2人からは感じた。


 真咲グループの会長である隼人の義祖父は優しそうな方だった。隼人からは人の心を持たない人造人間だと聞いていたが、私の前に現れた彼は孫の幸せを願う心温かなおじいちゃん。


「ルリさん、初めましてだね。隼人の祖父です。本当にプリンセスだな。驚いたよ」

 私は慌てて席を立ち頭を下げる。


「モリモトルリと申します。これから宜しくお願い致します」


 私の言葉に2人は顔を合わせて笑い出した。


「ルリさんはもう真咲ルリでしょ。ルリさんの目に隼人はどう映ってるの? 貴方の目に映る隼人はどんな人?」


 隼人の祖母は非常に上品で優しそうだ。隼人から愛人が何人もいるような人だから私と関わらせたくないと聞いていた。でも、隼人から聞いた彼女だけが彼女の全てではないように見える。


 隼人は12歳の時に両親を失い祖父母に育てられたと聞いていた。彼はサラッと私にその事を話しただけ。あまり聞かれたくない話のようだったので私も追求しなかった。


 そして、私は隼人に急かされて既に入籍して真咲ルリになっている。


 私は少し迷った末に正直に答えようと思った。

 これから彼らとは家族になるのだから、取り繕った答えはしたくない。


「隼人さんは本当に甘えん坊で、夢見がちな少年のような可愛い人です。自信家で自己中心的なところも、人の目ばかり気にしてしまう私から見ると羨ましかったりします」

 私の言葉に2人は顔を合わせて吹き出した。


「そんな隼人は君しかみた事がないよ」

 隼人の業祖父の言葉に私はその通りだと感じた。


「メディアで見るような完璧な王子様のような彼だったら、私は要らなかったと思います」


 外に出ている隼人は完璧。女性が想像し得る理想の王子様のような男性を演じている。それは、彼は自分をも売り物にして仕事をしているからだ。彼の中で仕事は自分の人生よりも大事なもの。それは一種の強迫観念のように見える。大河原さんとの婚約も仕事。だから、私は女として彼女に嫉妬することはなかった。ただ、私と隼人が過ごした時間は、彼の中で特別だと信じていたから裏切られたと苦しくなった。


 私はきっと完璧な隼人でも恋をしたけれど、愛おしくて守ってあげたいような今のような気持ちにはならなかった。


 彼と初めて出会った時の私は、世界から見捨てられたような気持ちになっていた。何も持っていない何の価値もない自分。そんな私の前に現れた自信家の王子様、真咲隼人。


 私が怯えているのに、自分を好きにならない女なんているはずないと信じて疑わない彼。自信に溢れる彼は魅力的で、男の人が怖いのに問答無用に私は彼に惹かれていった。そして、彼の愛は女である事を憎んだこともある私の「女の子の部分」をどんどん引き出した。


「今日、ご両親は?」

 義祖母に尋ねられて私は恐縮する。



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