目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第48話 私の掴んだ幸せ

『お久しぶり、美香だよ。ルリが大学を急に辞めてから心配してたんだ。まさか生存して、超大金持ちのイケメン社長と結婚してたなんて驚いたよ。ルリくらい可愛いと人生イージーモードで羨ましい。こっちは、もう30歳になるっていうのに出会いもなくて詰んでるよ。真咲社長の知り合いの大富豪とか紹介して。幸せお裾分け待ってまーす。ルリの小学校からの親友、百田美香より』


『佳奈だよ。真咲隼人と結婚したのってルリだよね。結婚式くらい呼んで欲しかったよ。私も相方と来月結婚するんだ。相方は一応三池商事に勤めてるんだけど、ゆくゆくは独立して起業したいらしく真咲社長の話とか聞いてみたいって。家族ぐるみで仲良くできたらいいね。子供とか同級生にしちゃったりしてさ。至急、結婚式の招待状送りたいから住所教えて。もうすぐ小野になる伏見佳奈より』


 誰かに自分のやってきた事を認めて欲しいと思ったけれど、そんな必要なかった。


 私にはいつも味方でいてくれる親友の真智子と愛してくれる夫がいる。それだけで十分だ。私は美香と佳奈のメッセージをそっと閉じた。


 瑠璃が「世の中悪い人ばかり」と言っていたが私はそうは思わない。みんな自分勝手なだけだ。身勝手な一時の快楽の為に私を辱めた須藤聖也。完全な犯罪行為を悪びれずした彼は自分が悪人とは思っていない。世間から叩かれて自分の行いを顧みるような心があったとも思えない。きっと、私のような彼の被害者の苦しみに思いを寄せるまでもなく、自分の痛みだけを嘆いて命を絶った。


 自分の名誉が一番大事な森本正義。娘の私の苦しみなど気にも留めた事もないだろう。

 自分の都合の良い時だけ擦り寄って来る美香と佳奈。2人とも、きっと私の事なんて忘れて過ごしていた。でも、私は死にそうな程に苦しい時に2人が私を無視した事を忘れる事はない。


 そして自分の都合で、全うに生きてきた瑠璃の人生に介入した私。最高に自分勝手な女だ。


 あれから、隼人は私の要求を毎日のように聞いてくる。私が溜め込んで急に爆発してしまったから、彼に恐怖を与えてしまったのかもしれない。彼は本当に自分勝手な人だ。私から離れられない癖に私を愛人にしようとしたり、離れようとしたら結婚しようと縋り付く。でも、これほど私に振り回される彼が愛しくて堪らない。


 今晩も夕食の時間に隼人が帰ってきてくれた。一緒に食事を取れるのは嬉しいが、隼人が私が寝入った後に書斎に戻って仕事をしているのは知っている。いつも自分中心の彼が私の為に無理をしてくれていた。


「うちのシェフより、ルリの料理の方が美味しいよ。デザートはルリが食べたい」


 私はデザートに作っていたパンナコッタを明日の朝食に回すことに決めた。なんだか張り切って沢山おかずを作り過ぎてしまう。隼人はお腹いっぱいだろうに、全て平らげてくれた。結婚してから知ったが、真咲家にはお抱えシェフがいる。シェフは元三ツ星レストランの料理長をしていた。彼はかなり舌が肥えてそうだ。私の料理の腕は三つ星シェフには遠く及ばない。それでも、隼人が幸せそうに私の食事を食べてくれるのは愛情という無敵のスパイスが料理に入ってるからだ。


「ふふっ。全部食べてくれてありがと。お腹いっぱいだろうけれど、私のことも残さず全部食べてね!」


 隼人は頬を染めると、いそいそと立ち上がって皿を手に取り片付けを手伝おうとする。

「これは、私の仕事って言ったでしょ」

「早くイチャイチャしたくて⋯⋯」

「働き者の食洗機さんが素早くお仕事してくれるから、私は直ぐに隼人のところに戻るよ」


 私の言葉に隼人が照れくさそうに笑っている。彼と気遣い合っている時間がくすぐったい。


「ルリはもっと我儘言って! 頼らないかもしれないけれど僕を頼って。ルリは僕の奥さんだから願いは何でも叶うんだよ。新居はどこにしたい?」


 隼人はおそらく私がエレベーターが苦手な事に気がついている。

 以前、男性と2人きりのエレベーターの中で言い寄られて、恐怖で気絶してしまったことがあった。

 私は確かに精神的に隼人より真智子を頼りにしていた。でも、隼人が秘密裏に私の為にしてくれていた事に薄々気がついている。須藤聖也が、今この世界にいない。どんな無理でも叶えてくれる王子様に私は思い切った願望を言ってみた。


「じゃあ、私、自分のことを誰も知らない世界に行きたい」


「海外とかってこと? 別に拠点を日本から移しても構わないけど?」

「本当に? 嬉しい!」

「でも、ルリ、飛行機苦手だって言ってなかった?」

「大丈夫、乗れるよ。でも、ドキドキして他のお客様に迷惑かけちゃうかもしれないからプライベートジェット買って!」


 もう1人私の世界で飛行機に乗った。自分の世界の私は心も体も健康とは言い難い。だから、ジャンボジェットは無理。でも、私を安心させてくれる隼人と2人の空間なら大丈夫だ。


「もちろん、お安いご用だよ。僕のダイヤモンドプリンセス。ルリのリラックスできるような内装にしてプリンセス専用機にしよう!」


 隼人が私を心底愛おしそうに見つめてくる。彼が私を求める視線は本当に私を満たしてくれる。彼と出会えて本当に良かった。彼は私を誰より必要としてくれる人。私がいなくなったら、汗だくで必死に探してくれる人だ。


「ルリは英語とフランス語と中国語ができるんだっけ?」

「中国語ができるのは私じゃなくて、悪魔に取り憑かれたもう1人の私だよ」

「僕のことを平手打ちしてきて、お札を床に並べてたルリのこと? できれば、もう会いたくないかな」

 私はもう1人の私が想像以上に大暴れしていた事に驚きながらも、その光景を想像して笑ってしまう。私も今思うと彼女の世界で、自分の制御ができる体が嬉しくて好き勝手やってしまった。彼女は私だと思うと甘えてしまったが、彼女は私と同じスペックを持って生まれただけの別人。今思えば本当に迷惑を掛けた。

 隼人がソファーに移動して深く腰掛け頭を抱える。これは、私に隣に座って膝枕をして欲しいという合図。


 私はキッチンで片付けをしていた手を止めて、隼人の隣に移動する。すると彼がホッとしたように私の太ももに頭を乗せてきた。


「悪魔に取り憑かれたルリは怖かった? 悪魔ルリとのひと時も楽しかったって言ってたじゃない」

「悪魔ルリが心底、怖いです。強がりました⋯⋯可愛いルリが好きです」

 切実なのか急に敬語口調になり、太ももに必死に顔を擦り付けてくる彼。彼は私の前では甘えん坊の猫みたいだ。


「隼人⋯⋯私を見つけてくれて、愛してくれてありがとう」

 私はそっと彼のサラサラの髪を撫でた。

 もう1人に会ったことで壊れかけてた私の心は崩れ去った。でも、結局は彼女に救われた。


 私が歩んだかもしれない人生を歩んでいるもう1人の私を羨ましくて苦しかった。

 でも、今、誰も羨まず自分の人生を大切にできる。


 そして、今私の腕の中に愛する人がいるのは間違いなく悪魔に取り憑かれたもう1人の私のお陰だ。

 もう1人の私も私が短い恋をした彼と幸せになっている気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?