ルリとの出会いは奇跡のような運命だった。
クリスマスの眩いイルミネーションも目に入らないくらい、僕は彼女に惹きつけられた。
純粋無垢で清楚な上品さが滲みでている彼女は僕が夢にまで見たお姫様そのものだった。
僕は12歳の時に両親を事故で亡くした。両親の命が多額の遺産に変わった瞬間、周りの人間は目の色変えて僕に擦り寄ってきた。
真咲グループの会長である祖父は僕を後継者として指名し、幼い頃から帝王学や経営学を叩き込んだ。祖父の周りには、いつも金に目が眩んだ女が大勢いる。祖母は大手食品会社の社長令嬢で還暦を過ぎても若い愛人を囲っていた。
家族や愛というものに僕は諦めを感じつつも、どこかに温かい家庭があるのではないかと信じた。
初体験は14歳の時だ。家庭教師の女子大生に渡されたバレンタインチョコレートには薬が混入していた。彼女に恥をかかせないように口にしたくも無い素人の手作りチョコを食べた僕の厚意は踏みにじられた。今思えば殆ど強姦のようなシチュエーション。彼女は既成事実を作って仕舞えば僕の女になれると思っていたようだ。そして、男の僕が襲われたとは恥ずかしくて人には言わないと鷹を括っていた。僕は女性の強かさに対しての嫌悪感を強めた。
全ての事情を祖父に話して家庭教師をクビにした上で就職できないよう圧力をかけ社会的に制裁した。被害届など出さなくても、僕を辱めた女を罰することができた。
その際に、祖父に口酸っぱく言われたのは他人に期待してはいけない、信じて良いのは自分だけという事だった。特に女は強かで利用するには便利だが、溺れたら破滅すると教え込まれた。僕は成功者である祖父の教えを絶対だと受け入れていた。
一方で、本当は童話に出てくるような王子と結ばれる為だけに生まれたようなお姫様に憧れ続けた。ルリは僕の為に生まれた訳じゃない。それでも、僕の為にだけに存在して欲しいという僕の欲求は抑えられなかった。
初めて会った時からルリは僕に今まで抱いたことのない感情を抱かせた。
女性の扱いには慣れているはずなのに、なぜか彼女の前では驚く程に緊張した。動悸が激しくなり、彼女に触れる自分の手が震えていて驚いた。おそらく直感的に彼女が運命の女性であると感じ、嫌われて逃げられないように慎重になったからだ。
怖がりな彼女を見て、庇護欲を掻き立てられた。
半ば強引に彼女を恋人にして抱いた時に、なぜ彼女が泣いていたのかもっと深く考えるべきだった。
僕がカードを渡して自由に使って良いと言うと彼女は明らかに戸惑っていた。しかし、僕の為に綺麗になりたいという気持ちが理性を勝ると湯水のように金を使った。僕が好むような服やバッグ、効果がありそうな美容グッズを買い漁る様は愛おしい。猪突猛進というか、僕の事が好き過ぎて倹約家な彼女の金銭感覚が狂ってく様は堪らなかった。
純粋で染まりやすい彼女を僕色に染められた快感に酔った。お姫様はお金の計算なんてしないで王子様の事だけ考えていて欲しい。
彼女はストイックな努力家で、どんどん綺麗になった。そして見た目だけでなく、立ち居振る舞いまで僕の理想になっていった。
彼女は非常に僕をよく観察していて、僕の隠している心の機微まで感じ取ってくれた。僕のことだけを純粋に考えてくれる彼女は僕にとって拠り所だった。
仕事に疲れた時、膝枕で優しく愚痴を聞いてくれる彼女にいつも癒されていた。彼女は僕の事を心から理解してくれようとしてくれる唯一の人だった。
僕を喜ばせようと夜は淫らに振る舞う彼女はいじらしい。僕を退屈させないように頑張る姿に心が満たされた。
大河原麗香と婚約したことで、ルリの僕を見る目が変わったことには気付いていた。もしかしたら嫌われたかもしれないと思うと、怖くて彼女を訪ねる事も少なくなった。
ルリは平静を装っているようだったが、明らかに前のような熱っぽい目で僕を見ることがなくなっていた。
本当は毎晩でも彼女に会いに行きたかった。
こんなにも愛せる女性に会えた人生に感謝していたのに、僕は仕事の利益を優先してしまった。僕は徹頭徹尾、自分の事しか考えられない男だ。
ルリは僕に惚れ込んでいるし、親からは勘当されている。僕の所以外に行くところがないから、僕からは離れられないだろうと足元を見た。彼女がいない人生など考えられないくらい溺れているのに、彼女の幸せよりも仕事の利益を優先した。
彼女から別れを告げられた上に、実は語学も堪能で僕から離れても問題はないと告白された。
僕はルリに全てを見透かされている気がして血の気が引いた。
僕がルリと話すことに癒しを感じていたのは、彼女がとても賢い子だからだ。
アホな事ばかり言って僕を疲れさせるばかりの人間と違い、彼女はいつも冷静で的確な助言をしてきた。頭の回転も早く機転が利き、一言えば十理解してくれる。ルリを女としてダイヤモンドの原石だと感じていたが、彼女は人としても魅力的な子だった。
勉強は嫌いだけれど、地頭はかなり良い子なのだと勝手に思っていた。彼女の魅力は僕だけが知っていれば良い。ルリを束縛し過ぎている自覚があっても、彼女も喜んでそれを受け入れるくらい僕に溺れていた。
彼女が愛人という立場を受け入れなれないくらい真面目だということは本当は分かっていた。
それでも、彼女は頑張り屋だし僕に心酔している。放っておけば自分自身でモヤる気持ちを乗り越えてくれる。時間を与えれば、また熱っぽい目で僕を見てくれるはずだ。
ずっと支えて貰った事で 、僕はルリに甘え切っていた。
笑顔の裏でルリがどれだけ苦しんだかも考えなかった過去の自分が情けない。
彼女は僕の為に生まれてきた。彼女は僕といるだけで幸せなんだ。彼女の心の葛藤など考えず、出会えた奇跡への感謝も忘れ、僕はどんどん傲慢になっていった。真夜中の3時過ぎでも、正装して抜群の可愛さで迎えてくれる彼女はいつ寝てたのだろう。大切なのに彼女の健康状態も考えもしなかった。僕の為に必死な彼女に喜ぶだけで、過剰な程にストイックな彼女の危うさに気付けなかった。
床で泣きながら寝ている彼女を見て、初めて彼女が追い詰められている事に気が付いた。「私の前から消えて」と言う悲痛な叫びは、僕に初めて焦りをもたらした。彼女が僕から解放されたがっていても、僕は彼女を手放せない。