大河原麗香が、ジュエリー真咲の本社を訪ねて来た。
彼女は大手通販会社の社長令嬢にも関わらず、嫁の貰い手もないくらい荒っぽい性格をしている。内面というのは年月と共に外側に出てくる。半年前に会食した時も意地悪そうな女に見えたが、今の大河原麗香は毒リンゴを持った魔女のような顔をしていた。
時代の流れもあり通販事業も始めようと思った時に、彼女の父親に娘との結婚を条件にジュエリー真咲に圧倒的有利な条件の契約を持ち出された。
正直、僕には既に生涯をかけて愛したいルリがいたので、結婚相手は会社の為に決めようと思っていた。
ルリはどこからきたかも分からないプリンセスで、僕だけのものだった。
社長室のターコイズブルーのソファーに深く腰掛け、僕と目が合った途端に大河原麗香は口の端をあげてニヤリと笑った。
「真咲さん⋯⋯貴方の大事な恋人モリモトルリさんから慰謝料を受け取りました。もう、彼女とはお別れですね」
「何を勝手な事を!」
僕は思わず彼女を怒鳴りつけてしまった。お互いの恋愛には干渉しないというのが、僕が大河原麗香と婚約を決めた時に突きつけた条件だった。
「真咲さん、私は婚約の際にお互いの恋愛には干渉しないとは約束はしました。でも、貴方の彼女に対する感情は、ただの恋愛感情を超えてます。貴方は彼女を切る事は絶対にできない。終わらないのは恋ではなく愛です。そのような感情を他の女性に持つのは妻としては見過ごせないのです」
僕は生き遅れのお荷物お嬢様だと思ってた大河原麗香が、実はかなり察しが良い面倒な存在だったと気が付いた。僕の素行を調べれば、自分の部屋に帰るより先にルリの部屋に通っていたことくらいは分かる。
今まで仕事上で接触した女性と恋愛関係だと週刊誌に書かれることはあった。
しかし、それらは全て事実ではない。僕は初体験のトラウマもあり女性が基本的に嫌いだ。下心丸出しで近付かれる度に吐き気がした。
ただ、女性を彩る宝飾品店を経営する人間として女性の扱いには長けていた。抜群の女ウケするルックスも備わっている僕は、女好きだと世の中では思われている。実際、僕が好きな女は世界でルリだけだ。彼女は僕にとって恋など愛などを超越した僕の人生に必要不可欠な女性だ。
「妻? お互いの恋愛には干渉しないと最低限の約束も守れない君との婚約など解消させて貰う」
僕の言葉に大河原麗香は手を振り上げた。
僕は黙って彼女に頬を打たれた。これで彼女との婚約が破棄できるなら幾らでも叩かれてやる。今、考えるべきは、急に僕を遠ざけようとしているルリの事だ。
「私の事馬鹿にしてますよね。いいえ、そうじゃないですね。真咲さんは女を馬鹿にし過ぎです。だから、本命の彼女にも捨てられるんですよ」
大河原麗香はそういうと、ドカドカと足音を立てながら部屋を出て行った。
僕はこの時もまだ自分がルリに振られたと分かっていなかった。ルリが僕を最優先に大切にして尽くしてくれてきた時間は、僕を傲慢にさせていた。彼女が僕を捨てるはずがないと思い込んでいた。
マンションのロビーで彼女を待っていたら、彼女が男の車から降りてきた。
若くてルックスも抜群なその男とルリはお似合いに見えた。
僕は迫り上がる怒りのままにルリを責めた。
彼女はキスをしようとした僕の頬を平手打ちした。