僕の発言にも怯まず目の前の男はルリを抱きしめる力を強める。
「真咲社長はルリさんを捨ててご結婚するつもりだったんですよね。彼女が自分の元から去りそうになったから縋りついているんですか? カッコ悪いですよ」
この男の言う通りだ。
僕は仕事の為に大河原麗香と結婚するつもりだった。
でも、生涯愛し続けるのはルリ1人だ。
法的な関係に何の意味があるのか分からなかった。
実際、僕の亡くなった両親も政略結婚で非常に冷めた関係。
祖父母に至ってはお互いに愛人を抱えている。
「金さえ与えておけば女は幸せ」と祖父は僕に教えてくれた。
ルリは例外だと薄々感じていたが、僕に惚れ込んでいたので鷹を括っていた。
ルリが願う事は全て叶えるつもりだった。
しかしながら、ルリが「愛人」という立場に拒絶反応を示したのは気がついていた。
僕が他の女と結婚すると言った瞬間、一瞬で恋が冷めたような彼女の表情は一生忘れる事がないだろう。
僕はルリとどんな立場でも惹かれられ、離れられないと傲慢にも思ってた。
でも、彼女は僕よりもずっと理性的な人だった。
僕がルリから受けていた無償の愛は唐突に終わりを告げた。
事あることに、冷めた目で僕を見つめる彼女が怖かった。
誰にも甘えられなかった僕が唯一甘えられたルリはそこにはいなかった。
何をしても愛される無償の愛が欲しかった。
両親から一般的には受けられるはずの気持ち。
それをくれたのがルリで、僕の行動、言動により、僕の愛したルリはいなくなった。
優しくて可愛くて僕のことが好きでたまらない彼女はもういない。
それでも、僕が彼女を愛する気持ちは消えない。
僕は彼女がどれだけ僕のことを好きだったかを知っていた。
出会った時、洒落っ気もなかった彼女が僕の好みを研究し可愛らしくなっていった。
見た目だけでなく中身も僕に好かれたくて変わろうとする彼女がいじらしかった。
「カッコ悪い? だから、何だ? カッコ悪くてもいいんだ。僕はルリがいないと生きていけない。だから、いくらみっともなくても縋るよ」
「断言します。真咲社長はルリさんをまた傷つけると思いますよ。ルリさんは真咲社長が思っているような子じゃありません。今日も必死にメモを取りながら、接客していました。雀の涙のような時給でも真面目に取り組む子です。顔や体が良い子なんてルリさん以外も幾らでもいるでしょ。彼女のことは諦めてください。僕も彼女に恋した男として、貴方みたいな人にだけは彼女を渡したくありません」
ルリはつくづく罪な女。
軽薄な印象のある眼前の若いカフェ店長も本気にさせてしまった。
もう7年一緒にいる僕もどんどん好きになっていく魔性の魅力を持つ女だ。
この程度の男は簡単に落としてマリオネットにしてしまうだろう。
「もう、僕はルリを傷つけないと誓うよ。だから、彼女を僕に返せ。僕の方もこれだけは言わせてくれ。ルリは本当に綺麗だろう。その綺麗には月に1000万円から2000万円掛かっている。そんな生活を7年続けて来た。彼女は姫だ。お金の計算をさせないで欲しい。可愛いと思ったものは買わせて、彼女の綺麗を保つ応援を100%してくれ。幸せにするとか言って自分のレベルに彼女を合わせないでくれ。僕も自分の価値観を押し付け彼女を苦しめてしまった。本当は、今更、姫に金のない木こりの相手はさせたくないんだ」
「姫、木こり⋯⋯」
ルリが幸せなら血の涙を飲んでこの男に彼女を引き渡す事を考える。
しかしながら、こんな程度の男にルリが惚れるとは思えない。
顔も体も財力も頭も、彼女の事を求める気持ちも全て僕の方が優っている。