「信用できません。会長が彼女に近寄り、害する可能性があります。人を信用するなというのは、お祖父様からの教えです。貴方が彼女の居場所を突き止めるより先に、僕は彼女と入籍します。結婚式には対面できますよ。僕のプリンセスの魅力に驚いて、寿命を縮めないでくださいね。可愛いひ孫に会いたいでしょ」
僕の言葉に祖父は今まで見た事ないような顔で、口をあんぐりと開けていた。ルリとの入籍は可及的速やかにしたほうが良さそうだ。祖父は今まで僕のプライベートには無関心だったが、ルリの存在は調べれば直ぐに分かる。僕はルリがどこの惑星から来た宇宙人でも構わないくらい彼女を愛している。でも、僕の周りは煩く彼女の欠点を探ろうとするだろう。ルリの身元に関しては僕も気になる部分があるから、これから調べてみるつもりだ。
「学者の森本正義の娘」という彼女の教えてくれた身元から、僕は信じ難い真実を知る事となった。
彼女は高校時代に国で数人しか選ばれない交換留学生に選ばれる程に優秀な人材だった。大学入学してすぐに彼女があっただろう性被害。彼女は心に傷を負って、密室や男性に恐怖を抱くようになった。大学に行けなくなり勘当までされたのは、ルリの言う「失敗を許せない父」の判断。
僕はルリのストレスの根本である須藤聖也を抹殺することにした。
須藤聖也の被害者に接触し被害届を出させる。彼の勤務する広告代理店に圧力をかけ彼を懲戒免職処分にした。できるだけ多くの被害者に声をかけつつ、マスコミにも働きかけ彼の親族ともども追い詰める。
被害の温床になっていたカラオケ店関係者も全員破滅させた。
結局、須藤聖也は狙い通り仮釈放中に自殺した。死んでくれなければ、殺し屋でも雇おうと思っていた。
僕は自分の弱い部分をルリだけには見せてきた。それは彼女が全てを受け入れてくれる確信が合ったからだ。ルリは決して僕に弱みを見せない。僕は利益を優先し彼女を愛人に貶めようとしたクズだから、彼女の判断は正しい。彼女は口に出さなくても、僕の事を頼りないと思っている。時代の寵児と持て囃された経営の天才である真咲隼人は、お姫様が大好きなだけの自分勝手な幼い男だと彼女だけが知っていた。
だから、彼女が敢えて言ってくれなくても、僕は彼女を傷つけるものを排除する。自分の為にルリを側に置いてきた。彼女にも僕の側にいる幸せを少しでも感じて欲しい。
ルリの父親とは顔見知りだったが、彼女が結婚式に呼びたくなさそうだったので縁を切った。僕の予想が確かなら、彼が追い詰められたルリを切り捨てて絶望の淵に追いやった張本人だ。
僕が多分、ルリが世話になったと頭を下げなければいけないのは彼女の親友の槇原真智子だけだ。
僕が槇原真智子の勤めるPARALLEL研究所に多額の寄付をしたこともあり、研究所の所長と槇原真智子が本社にお礼に来た。
社長室に入ってきた槇原真智子は短髪で女っ気がなく、如何にも研究漬けの生活を送っているような方だった。女性らしいルリとは真逆のタイプだ。
「この度は、パラレル総合研究所に多額の寄付を頂き誠にありがとうございます」
白髪混じりの初老の所長は頭が床につきそうな程の深いお辞儀をしている。槇原真智子は俺を見定める様に見ながら軽くお辞儀をした。彼女が女で本当に良かった。もし、彼女が男ならば僕は嫉妬で気が狂っていただろう。彼女はルリが頼りにするのも頷けるような余裕を感じる大人の女だった。
「妻が、槇原さんに大変お世話になってるので当然です」
「槇原は優秀な研究員なんです。真咲社長も並行世界にご興味がおありなのですか?」
所長の言葉に思わず首を傾ける。
「並行世界?」
「真咲社長。もし、並行世界のご自分に会えるとしたら、会いに行きたいですか?」
それまで沈黙していた槇原真智子がニヤリと笑いながら尋ねてくる。
「全く興味ないですね。並行世界の自分は妻のルリに会えなくて仕事ばかりの退屈な人生を送ってると思います。そんなつまらない男と話すなんて時間の無駄です。僕とルリが会えたのはクリスマスの奇跡です。そんな奇跡は僕にしか起こらない」
僕が当然のように言った言葉に、槇原真智子は吹き出した。
「真咲社長は実業家として大きな成功をしている方なのに、意外とロマンチストなんですね。ルリと社長が離れられない程に惹かれ合っている理由が分かった気がします」
僕はルリが夢見がちなお姫様なのを可愛いと思っていたが、槇原真智子に言われて初めて自分がロマンチストだと気がついた。槇原さんは心に傷を抱えながら頑張り過ぎるルリをずっと見守って来てくれたのだろう。
「槇原さん、僕のダイヤモンドプリンセスを今まで見守ってくれてありがとうございます。今後とも宜しくお願いしますね」
僕はルリの大切な人に頭を下げお礼を言いながら、今日も早めに仕事を切り上げ帰宅しようと思った。ルリの愛情いっぱいのご飯を食べて、沢山愛し合って、愛おしい彼女がちゃんと眠りにつくのを見届ける。ルリは僕の為に生まれたんじゃない。愛され幸せになる為に生まれてきたのだ。僕はルリを誰より幸せにすると改めて誓った。