空港で揉める森本瑠璃と元カレである男を見て頭が沸騰する。
俺は気がつけば森本瑠璃を元彼から引き剥がし車に乗せていた。
森本瑠璃は元カレに未練があったのかもしれない。
自分でも不安になりつつ彼女を家まで送る。
当たり前のように家に入れてくれない彼女。
他の女ならここぞとばかりに俺を家に連れ込んで既成事実を作る。
森本瑠璃は他の女とは全く違った。
憧れのようで手に入らない存在なのに、一瞬だけ俺に隙を見せて翻弄してきた魔性の女。
俺は彼女に夢中になった。
俺と彼女はデートできるまでの仲になった。
そのような中でも色気のある会話などは全くない。
しかし、男ばかりの中で生活してきた俺にとっては逆に心地良かった。
森本瑠璃が淫らになり、信じられないような夢の時間を体験した。
あの時の彼女を忘れられないが、目の前の彼女の澄んだ瞳もまた俺を虜にする。
「同棲したいです!」
彼女の言葉に俺は思わず自分のマンションで良いか確認した。一生一緒にいたいと思う程の女性と一緒に住む。
失態は許されない。
彼女に失望されないような同棲生活をして結婚にまでこぎつける。
俺は余裕ぶって自分のマンションで良いかなどと確認した。
しかし、体も心も余裕はない。
とにかく、森本瑠璃に自分は元カレとは違い浮気心など一切ない安全な結婚相手だと認識して貰わねばならない。
「お、重い⋯⋯」
森本瑠璃が小さなスーツケースを重そうに抱えている。
彼女はCAで重い荷物を上に何度も上げているだろう。
いつも無理をしているだろう事は彼女の細腕からも察せられた。
「俺が持つから⋯⋯荷物はこれだけ?」
「逃げるように実家を出たので」
彼女の言葉に胸が締め付けられる。彼女と同じように自分も実家から逃げたい。
幼い頃からの夢を叶えてパイロットになった。でも、両親は俺の選択を認めない。
森本瑠璃の事情は少し聞こえた電話からも分かった。
親の過干渉⋯⋯俺と同じ悩みに苦しんでいる。
彼女は俺に悩みを打ち明けないだろう。
それは俺も同じ。家庭の悩みというのは明かし難い恥部。
一瞬、目の前に森本瑠璃と繋がった日に身につけていた淡いクリーム色のワンピースが目に入る。
森本瑠璃は俺の視線を感じたのか、慌ててその服をクローゼットにしまった。
あの日、彼女と結ばれた記憶は俺にとっては神聖なモノなのに彼女にとっては忘れたいモノらしい。
「瑠璃、これから、もっと君のことを知っていきたい」
人知れず漏れた声に森本瑠璃は顔を真っ赤にした。その表情は俺を誘惑した夜を上回る程に俺を翻弄した。
「大好きだ⋯⋯本当に⋯⋯瑠璃の傷もこれからもっと見せて欲しい。もっと、たくさんの君を知りたい」
俺は衝動的に森本瑠璃を抱きしめ、彼女の耳元で囁く。彼女は気がついてないかも知れないが、俺の心臓はバクバクだ。
実際、女慣れしてそうな風貌をしている彼女の元カレを見て内心穏やかではなかった。
女性にアプローチしたことがない俺の振る舞いなど森本瑠璃の心臓を動かすこともできないだろう。
「私も知りたいです⋯⋯一樹さんのこと⋯⋯もっと」
見上げてきた森本瑠璃の視線は一撃必殺。
始まりが体だったから、慎重にことを進めて真剣さを理解して貰おうと思っていた。
しかし、そんな企みは本能に打ち消される。
理性的な人間だと自負していたのに、俺は気がつくと森本瑠璃をベッドに押し倒していた。
俺を見上げる森本瑠璃は見るからに震えて怯えている。俺は咄嗟に彼女から離れた。
とにかく深呼吸して何事もなかったかのように振る舞う。
「お腹空いてない? 何か作るよ」
「私が作りますよ」
強張った表情で気を遣う彼女。
あの夜の森本瑠璃は人懐こく縋ってくるような顔で俺を見つめていた。
今の彼女とは全く別人のように見える。
(本当に二重人格⋯⋯)
新たな人格を生み出してしまう程に元彼の裏切りは彼女にとってショックだったという事実。
一瞬、脳裏に彼女の元カレの顔が頭に浮かぶ。
ルックスは負けてはいないと思うが、如何にも商社マンといった気が利きそうな感じだった。
(負けたくない! 絶対に忘れさせてやる!)
「料理は得意なんだ。引っ越しで疲れているだろうから、瑠璃は休んでて」
「では、私が掃除洗濯を担当すれば宜しいですか?」
「そんな事はハウスキーパーにさせれば良いよ」
一週間に大体一回はハウスキーパーを呼んでいる。俺が当たり前に言った言葉に、森本瑠璃は怪訝そうな顔をした。
(何かまずいこと言ったか!?)
「必要ですか? ハウスキーパー。ほとんど仕事で家にいませんよね。犬や猫が過度に汚す訳でもない。掃除や洗濯くらいは自分たちでするべきだと思います。それから、家賃に関しても折半しましょう」
「ここの部屋は一括購入しているから」
「一括購入? ローンも組まずに?」
俺は森本瑠璃が物凄いしっかり者だった事を思い出した。そして、俺の知る限り彼女は人にも自分にも厳しい。
「うちの親が、その⋯⋯就職祝いに買ってくれて⋯⋯」
「親にマンションを買って貰った?」
「いや⋯⋯で、でも賃貸だと資産にならないし⋯⋯」
親がマンションを買ってくれたという話をすると、大抵羨望の眼差しを受けた。しかし、森本瑠璃は呆れたような視線を俺に向けている。もしかしたら親の脛齧りかと思われているかもしれない。
(ちゃんと稼ぎがある事は同じ会社だから知ってるはず⋯⋯)
ドキドキの同棲初日。
甘い時間を期待していたが、彼女に生活全般について見直すように詰められる事になろうとは思ってもみなかった。