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第60話 減点方式の彼女

 理性を失って狂ったように戸惑う瑠璃を求めてしまった。


「コンッ、コン」

 瑠璃が咳き込んでいて、俺は慌ててベッドから立って水を持ってこうとする。

「やっ! ちょっと全裸で立たないでください。ちゃんと服着て! 人類ですよね!」

「う、うん」

 顔を真っ赤にして服を差し出してくる瑠璃が堪らなく可愛い。

(本当になんなんだ? この子は⋯⋯)


 俺はベッドに座って、彼女の髪を撫でた。

 指を擦り抜ける黒い艶髪。


「あの⋯⋯解凍されたと思います。なんだか凄く激しくて熱かったです」


 唐突に感想を言われて照れてしまったが、俺以上に彼女が真っ赤になって俯いていた。おそらく前に俺が彼女を解凍させてやると言ったから、恥ずかしがりながらもフィードバックをくれたのだ。本当に損なくらい真面目な女性だ。

(どこまでも俺を夢中にさせる⋯⋯)


「ごめん、もう我慢できなかった。瑠璃が可愛過ぎて⋯⋯突然でびっくりしたよな」

「私を可愛いなんて言うのは一樹さんくらいです。食器の片付けしなきゃいけませんね」

 瑠璃がベッドの下に落ちた服を拾い上げ立とうとする。


「それは後ですれば良いし、今は側にいてくれない?」

 俺が瑠璃の手首を掴むと、彼女は口をハクハクさせた。


(金魚みたいに可愛い⋯⋯)


「側にいます⋯⋯」

 震えながら俺の胸に体を擦り付ける彼女は自分がどれだけ可愛かを分かっていない。

「瑠璃の料理も美味しかったけど、瑠璃も美味しかったな」

 もっと照れた顔が見たくて言ったのに、返ってきたのは「何それ⋯⋯」と言いたげな怪訝な顔。


 マンハッタンを飲んで、甘くて美味しいって自分のことを思ってたのかと聞いてきた彼女と同一人物とは思えない。


 それでも、この怪訝な顔を向けてくる瑠璃も俺を惑わす可愛い女。


「ごめん、セクハラみたいなこと言った」

「セクハラではありません。嫌じゃなかったので⋯⋯でも、他の女の子にこんな事を言っちゃダメですよ。あと、謝らないでください。謝るような事はしてませんよね。私は一樹さんのこ、恋人ですし⋯⋯」


『恋人』という言葉を自分で言って、自分で照れている彼女は初心過ぎる。

『魔性の瑠璃』の人格は一体何処からやってきたのか不思議で仕方がない。


「言わないし、こんな風に俺が自分を見失って夢中になるのは瑠璃だけだ」


 なんの計算もない思ったままの言葉。


 どうやら瑠璃には効いたようで、彼女はふにゃふにゃになってしまった。


 「さっき、私のことずっと好きだったって言ってくれましたよね。私も一樹さんのこと素敵だなって思ってたんです」

 無防備な姿で可愛いことを言ってくるので、俺は思わずまた彼女をベッドに押し倒し艶やかな黒髪を撫で始めた。何だか、俺が想像していた理想の同棲初日の展開になって来た気がする。


「どんなところが?」

「女性に興味がなさそうで、仕事一筋なところです。私、女の尻を追いかけているような男が苦手なので」


 (この流れでそれを言うか!?)

 森本瑠璃の言葉に俺は思わず背筋を正した。俺が離れた隙に瑠璃はさっさと服を着出している。もっとイチャイチャしたいのは俺だけだったようだ。


 いつまでも全裸でいたらだらしないと思われるかもしれないので、俺も慌てて服を着出した。


 俺が服を着ている間に瑠璃はダイニングに移動して食器を片付け出している。

「待って! 作って貰ったし、俺が洗うよ。俺というか、食洗機が洗うよ」

 俺は思わず瑠璃の手を握った。

 振り向いた瑠璃の頬はまだ火照っていて、いつものキリッとした感じがない。


「では、私が予洗いするので、食洗機に食器を並べてくださいね」

「は、はい」

 何だかふにゃふにゃが抜けて凛とした彼女にどんどん戻って来ている気がする。

 キッチンに移動して、瑠璃が手際よく食器を洗い出す。

どんどん渡される食器をひたすらに俺は食洗機の中に放り込んだ。


「交代しましょっか」

「はい」

 突然、役割交代を命じられたと思ったら、どうやら俺の食器の並べ方が気に食わなかったようだ。瑠璃が皿の大きさに合わせて整然と食器を並べ出した。

俺はまた減点されたようで緊張してしまう。

(ふにゃふにゃな瑠璃が恋しい⋯⋯)


 その時、瑠璃がゴニョゴニョしながら俺を見つめて来た。至近距離にある彼女の相変わらずドストライクな顔面にときめく。


「な、なに?」

「一樹さんは、私のどんなところを好きだと思っていてくれたのですか?」


 俺は瞬時に不正解回答に気がついた。

正直なところ彼女を最初に気になり出したのは、ドンピシャのルックス。しかし、見た目と答えるのは絶対にハズレ回答。


「後輩に陰口を叩かれても、自分を曲げない強さかな」

「私、陰口叩かれてるんですか?」

「えっ? えーと芯が強いところが好きかな」

「そうですか⋯⋯」


 瑠璃の元気がなくなってしまった。

完全に失敗した。陰口を叩かれてると聞いて嬉しい訳がない。

「やっぱり、向いてないのかもしれません。CA⋯⋯なりたくてなった訳じゃないから、意識の高い子から見たらやる気のなさが透けて見えてしまうのかもしれませんね」


 黙々と食器を並べる瑠璃の的外れな言葉。側から見て彼女は誰よりも意識が高いし、仕事熱心だ。

 意識が高過ぎてウザがられている事を教えてあげた方が良いかと一瞬思ったがやめた。

 それよりも俺は気になった事を聞くことにした。


「CAになりたくてなった訳じゃないの?」

「お恥ずかしながら⋯⋯。一樹さんも気づいているかもしれませんが、私、家から逃げたかったんです。CAなら家にいないで済むかなと思いまして」

「そうなんだ。それなら、俺と結婚したら仕事を辞めて家にいたらいいよ」


 喜んで貰えると思って言った言葉に彼女の手が止まる。結婚したら、夫婦でフライトを一緒にできる訳ではない。彼女がCAを続けたら、家を留守にする事が多い俺とすれ違い生活になってしまう。



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