今日は俺の両親に初めて瑠璃を会わせる。
瑠璃はあの夜の淡いクリーム色のワンピースを着ているが、あの夜の彼女とは全く違う雰囲気。
柔らかさや危うさを纏いBARに現れた彼女。今の彼女は全く真逆で同じワンピースを着ているのに頼もしい。
園田リゾートホテルズ品川で俺たちの顔合わせは行われた。瑠璃には実は俺が園田リゾートホテルズの御曹司だとは言えなかった。彼女と話していると親の意向に逆らいパイロットを続けている自分が我儘に見えるような気がして怖かったからだ。
「初めまして。森本瑠璃です」
俺の両親が森本瑠璃の立ち居振る舞いに息を呑むのが分かる。確かに森本瑠璃はどこに出しても誇らしくなるような理想の恋人。元彼が縋り付いたのも無理はない。
「どうぞお座りになって。一樹から話は聞いて、貴方と会いたいと思っていたのよ」
母は目を輝かせながら、森本瑠璃を見ている。火の打ちどころのないお嬢様。お淑やかな彼女を見て、俺が理想の嫁を連れてきたと内心大喜びしているのが丸分かり。でも、俺は森本瑠璃がかなり空気の読めない上、気が強く不器用な女だと知っている。俺の母も気が強く二人が嫁姑バトルを開始しないか心配。どちらも粘り強く負けを認める性格ではない。
森本瑠璃がウェイターが席を引くのと連動するように優雅に席に着く。一瞬、彼女が目配せしたウェイターが頬を染める。これは仕方がない。彼女は人々が振り返る程に美しいく目を奪われる存在。
「瑠璃さん。一樹がパイロットを辞めてウチを継いだら、お仕事はどうするおつもりなの? こちらとしては、家に入って家業を継ぐ息子を手伝って欲しいのだけれど」
早速、母が先制攻撃を仕掛ける。取り留めもない雑談から始めれば良いものを相変わらずせっかちだ。
母の理想は俺がホテルを継いで、瑠璃が専業主婦になり俺を支える事。
戦闘開始のゴングの音が響いた気がしてハラハラする。
「一樹さんは継がなければいけない家業があるのですか?」
瑠璃が目を丸くして俺を見る。俺はここまで自分の身の上を離さず、パイロットになりたかった夢の話しかしていない。本当に子供っぽくて恥ずかしくなり彼女の目線を避けた。世襲企業で親がどうしても息子に継がせたいというのに息子が2人とも逃げ回っている。
「一樹はこの園田リゾートホテルズを継いでもらう予定なの」
母は本当に兄の存在などなかったかのように語る。俺も兄のように他国に逃げるべきだった。
「お母様、それは難しいかと。一樹さんに健康上の問題が生じてパイロットができなくならない限りはありえません。一樹さんはパイロットの仕事が生き甲斐なんです」
瑠璃の目がスパークリングしている。こんなに美しい一等星を見た事はない。そして、彼女は驚くほど空気を読まず自分の意見を通す女だったようだ。母が一瞬怪訝な顔をしたのが分かった。そこはまず、「当然息子さんに継いで欲しいですよね」と共感する所。
実は俺は瑠璃の「私はそうは思わない!」というような気の強さが最近クセになっている。なんだか新しい扉を彼女に開かれてしまったようだ。日本人の性質だからか、下心があってかとりわけ女性は俺に共感を示してくる。海外生活が長かった俺はハッキリと物事を言ってくれる人の方が信頼できる。瑠璃は気難しい所もあるが、裏がなくて信頼できる女性。時に会話が議論のようになっても、俺はそれを楽しんでいた。
初対面の将来義理の母になる相手に臆せず物申す瑠璃。瑠璃は母の瞳をじっと見つめ続ける。目の前の将来嫁になるだろう女の真っ直ぐな瞳に母が気まずそうに目を逸らした。
「まあ、若い時の経験としてね。やりたい事をやらせる時間を与えたのよ。昔から一樹には色々な経験をさせて来たの。この子は海外のボーディングスクールで学んでいるの。その経験も活かして園田リゾートホテルズを引っ張って言って欲しいのよ」
なんだか母が息子自慢をされているようで恥ずかしくなる。隣を見ると瑠璃がゆっくりと頷きながら勝機を探ってるのが分かった。
「お母様。広い知見を得て辿り着いた先に幼い頃からの夢であったパイロットがあったのです。パイロットはなりたいと思ってなれる職業ではありません。厳しい訓練もそうですが、抜群な健康的な精神と肉体が望まれます。恵まれた身体、精神、そして如何なる事態にも対応できる冷静さ。多くの命を預かれる貴重な人材。自慢の息子さんですね」
瑠璃が美しく微笑む。
俺の両親も見惚れてしまっているのが分かった。それよりも俺は彼女が俺の意思を初対面の俺の両親に対して通そうとしてくれている事に感動した。俺自身がいつものらりくらりと誤魔化して来た事を瑠璃は逃げずに向き合ってくれる。
(彼女を好きになってよかった⋯⋯)
「一樹は本当に自慢の息子よ。だからこそ、大切な家業を継いで欲しい」
完全に森本瑠璃に飲み込まれ頷いている父に対して、母は食い下がってきた。
(やはり、女の敵は女!)
「血の繋がった息子に大切な家業を継がせたいお気持ちは分かります。私は一樹さんと結婚したらCAは辞めるつもりです。その時は、園田家の大切な家業を手伝わせては頂けませんでしょうか? 私、愛する人には好きなことを
してて欲しいんです」
瑠璃が俺に一瞬目配せした後、俺の両親に語りかけた。両親は瑠璃の美しさと献身さに感動している。この時は、俺も両親も瑠璃があまりに有能で、ホテル事業を任せることになるとは思ってもみなかった。