今日は私と一樹さんの結婚式だ。結婚式は園田リゾートホテルズ東京で行われる。
両親とは喧嘩別れした振りに会う。私はCA仲間や学生からの友人たちを招待した。その中に槇原真智子はいない。私は彼女とは同じクラスでも、会話という会話をした事がない。私はもう一人の私の救世主であり大親友の彼女がずっと気になっている。
控え室にノックして現れたのは、久しぶりに会う百田美香と伏見佳奈だ。
「凄い綺麗! これ最高ランクのウェディングドレスじゃない? というか、式場の飾り付けも凄いお金かかってるね。瑠璃が派手婚するタイプとは思わなかったよ」
伏見佳奈は半年前に結婚式を挙げた。散々式場を回って決めたらしいから、結婚式のお値段が気になるのだろう。
「もう、ウェディングドレスより私を褒めてよ!」
「瑠璃も綺麗だよね。超美人は商社マンと破談になっても直ぐにパイロットに乗り換えられていいなー」
美香の言葉に引っ掛かりを感じる。
以前から彼女は毒舌を売りにしていたけれど、結婚式当日の花嫁に言う言葉ではない。歳をとるにつれ皮肉っぽくなる人は多いが彼女もその部類のようだ。
ルリさんが性被害に遭った時に真っ先に着信拒否したという2人。私の彼女たちへの見方が変わってしまって、なんだか2人が友達に見えない。
「乗り換えたって言い方⋯⋯私、冴島傑に浮気されたんだよ」
「本当に? 結婚式1ヶ月前に浮気されるなんてドラマみたい。でも、良かったじゃん。商社マンよりパイロットの方が格上! 職場婚でしょ。実は冴島君と付き合っている時期被ってたりして」
佳奈の言葉に気分が悪くなる。
(こんなにマウント気質で嫌味を言う子だった?)
「それにしても、CAの子って割とガツガツした子が多くない? 化粧室陣取っていつまで化粧直ししてるんだって。結婚式を出会の場と勘違いしてるみたいだったよ」
美香が今度は私の同僚の悪口を言い出す。
「身だしなみを気を付けるのが習慣づいてるだけだと思うけれど⋯⋯」
CAは1日に何本もフライトをするが、次のフライトの前ではラバトリーなどで皆自然と身だしなみをチェックする。それがお客様を迎え入れるマナーだと思ってるからだ。
佳奈が悪口に便乗しだす。
「参加者男性の既婚率9割近かったけどね。CAって自分の見た目に自信がありそうだから、既婚者でも略奪してきそう。ダーリンをお留守番させて良かったわ」
一樹さんの招待客は既婚者ばかり。
一樹さんが結婚を両親から急かされていたのも頷ける。
私は流石に2人の嫌味のような言いたい放題を聞くのに疲れてきた。私が彼女たちと過ごした学生時代は本当に存在したのかと悲しくなってくる。
「それにしても、よく園田リゾートホテルズ東京で結婚式の予約取れたね。しかも大安吉日だよ。もしかして、苗字が園田だから特別に日を空けて貰えたの?」
「そうかもね」
私の暗い表情を察したのか、佳奈がジョークを飛ばして来た。大安吉日の良い日は、義母が一樹さんが結婚するよう願掛けのように毎年のように確保していた。実は一樹さんが園田リゾートホテルズの御曹司だと教えたら、2人はまた大騒ぎしそうだ。ただ、私の新しい門出を祝って欲しくて呼んだのに、2人の態度はお祝いする気がないように見える。
「瑠璃、新居はどこよ。今、どこに住んでるの?」
「六本木」
今度は美香の事情聴取が始まる。
気分が悪くなってきて、自分でも口数が減ってきた。
正直、2人にはもう出てって欲しい。
「六本木ってもしかして、六本木スカイタワー」
「そうだけど」
「何階?」
「40階」
私は淡々と美香の質疑応答に答えた。
「旦那さん、ただでさえ、いつも空飛んでるのに高いところが好きなんだね」
小馬鹿にしたような美香の口ぶりに苛立つ。
「私も好きだよ。夜景も綺麗だし」
最初に一樹の部屋にいたときのことを急に思い出す。目の前に広がる朝焼け、シーツを巻きつけた私に突然バックハグしてきた彼。あの後、私が彼に状況について叱責し、一樹は狼狽えながらも謝ってきた。なんだか懐かしくなってきて口元が緩む。視線を感じると思ったら、微笑んだ私を面白くなさそうに佳奈が見つめていた。
「六本木スカイタワーってファミリールームは家賃100万円近いよね。パイロットって言っても、所詮はサラリーマンでしょ。旦那さん見栄っ張りだね」
「見栄っ張り過ぎて破産するんじゃない? 瑠璃がしっかりしないとね。まぁ、大丈夫か。瑠璃ってお嬢様の割に大学でもお弁当持ってきたり貧乏臭いところあったしね」
美香は私の学生の時の経済状況を知っているはずだ。バイトは禁止で、必要経費がある度に親へ請求。私は親戚から貰ったお年玉を崩して学生生活を送っていた。いつも突然の支出の為に財布には7千円入れておくのが精一杯。私が自分の家庭の異常性に気がついた始まりでもあった。親が有名な学者でお嬢様学校出身だから勝手にお嬢様扱いされるが、自由に使えるお金がない金欠状態を知っているだけに節約体質だ。
「それとも六本木スカイタワーに住んでいるって言いたいが為に実は40階のワンルームに住んでるのかな?」
佳奈と美香が意地悪そうな顔をして私を口撃してくる。2人の目的は分からないが、私の気分を害したいことだけは明らかだ。
目の前にいるのは学生時代、くだらないおしゃべりをしていた2人じゃない。
これから控え室に一樹も来るし、もしかしたら義父母や私の両親も来るかもしれない。こんなところで彼女たちと揉めたくなくて私は唇を噛んで押し黙った。
再び、控え室をノックする音がする。
「はい、どうぞ」
一樹さんかと期待して、声をかけるとそこに現れたのは冴島傑。まるで、結婚式の招待客のようなかっちりした装いをしている。
私が10年も付き合っていた男。
「へへっ、余計なお世話かと思ったけれど、別れたからと言って瑠璃が一番付き合いある方を呼ばないとと思って」
美香が薄笑いを浮かべながら言う。
(あぁ、この子もう友達じゃないわ⋯⋯)