「私、招待してませんけど? 冴島さん、帰ってくださる?」
私は怒りで頭が沸騰しそうだ。傑は招待客に紛れてこんなところまではいってきたのだろう。
「瑠璃! こんな茶番はやめよう! 俺と一緒になった方がいいって。お前みたいな気難しい女と付き合い続けられるのは俺だけだから。瑠璃が少しの失敗も許せない女だって分かってる。俺は失敗した。でも、もう失敗しないよ」
私の前に1年近く前に別れたはずの元カレ。
まるで、私が今、彼の浮気でショックを受けて迷走しているような口ぶり。
私と一樹の重ねてきた時を無視して自分に酔ったような彼の言動に心の底から腹が立った。
「人の結婚式を茶番って⋯⋯最低な言葉選び。そもそも、冴島さんは招待していないから、出てってくださる?」
「瑠璃、びっくりするくらい綺麗だな。世界一美しい君をこれからは大切にする。どうしてあんな事をしたのか自分でも分からないんだ。逃げよ、瑠璃。本当は俺と結婚したいんだろ」
この1年近く忘れていた別れた男の言動に戸惑うしかない。ふと隣を見ると美香と佳奈が楽しそうに笑っていた。彼女たちが冴島傑を唆したとしか思えない。私は彼女たちを害そうとした事は一度もない。晴れの日に長年の友人から裏切られる程、私は嫌われてたのかもしれない。
「本当にもう帰って⋯⋯そもそも、さっきも言った通り招待してないし。もう、会う事はないって1年前に伝えたよね」
この状況に耐えきれなくなった私に、残酷な友人の言葉が響く。
「冴島さん、私の夫の席に座れば良いよ。瑠璃の人生に一番関わって来た人だもん」
佳奈の笑いが耐えられないような声。佳奈は結婚したので、夫婦で今日出席予定だった。それなのに、本日、彼女の夫は欠席。
「瑠璃の初めての男だもんね」
美香の言葉に背筋が凍る。
(本当に最低!)
その時、突然、控え室の扉が開いた。
「ほ、細川さん?」
職場の後輩の細川さんだ。
彼女にはルリさんと一緒に搭乗してから妙に懐かれている。もう1人の私である彼女は一度の乗務でバディーを虜にし、一樹さんも一晩で虜にした魔性の女。
「結婚式の花嫁は最も幸せであるべき。花嫁は忙しい。控え室では挨拶程度で友人は退出すべき」
口を開いた細川さんは、まさかの片言。私は彼女に並行世界の別人が乗り移ったのかと、釘付けになる。
「えっと、君は瑠璃の同僚のCAかな?」
困ったような冴島傑が彼女に尋ねる。
「関係者以外立ち入り禁止。GET OUT OF HERE!」
突然、激昂した細川さんはその後も英語で捲し立て冴島傑を外に追い出した。
「そこのお友達のフリをしたフレネミーも出てってください。そんなに羨ましいですか? 森本さんの幸せに嫉妬していて正直見苦しいですよ」
細川さんのいつにない厳しい言葉に、ブツブツを文句を言いながら美香と佳奈が部屋を出て行く。私は日本人相手に英語で捲し立てる奇行をした細川さんが心配になった。
「細川さん、どうした?」
「森本さん。通りかかったら、部屋の中の声が聞こえてしまって居ても立っても居られなくて介入しました」
「そっか。それより、日本語どうした? 私の知ってる細川さんだよね」
「すみません、私キレちゃいました。キレると日本語忘れるんです。私、18歳まで日本にいなかったし⋯⋯」
急に心細そうに私に抱きついてくる彼女が愛おしい。どうやら気持ちも落ち着いたようで、流暢な日本語を話し出してる。
「凄い! それなのに随分日本語が上手なんだね。頑張ったんだね」
「週末は日本人学校にも行ってましたしね。でも、航空会社のマニュアル覚えるのは大変でした。漢字多過ぎ⋯⋯」
私は細川さんをマニュアルの暗記さえもしない努力の足りない子だと思っていた。勝手に決めつけて彼女を蔑んでいた自分を反省する。
「細川さんは、なんでCAになったの?」
「福利厚生で安く渡航できるからに決まっているじゃないですか? それ以外に理由あります?」
当たり前のように話してくる彼女も私の志望理由に驚きそうだ。
「海外が恋しい?」
「日本も好きですけれど、やっぱり馴染むのに苦労はしてます」
彼女の言葉に海外生活が長かった一樹に思いを馳せる。
「そっか、これからも困ったことあったら力になるから連絡してね」
「森本さん、仕事でもう会えないなんて寂しいけれど幸せを祈ってます」
今日、私の幸せを祈ってくれる第一号がは彼女になるとは思っても見なくて笑みが溢れる。
「ありがとう」
思わぬ味方の登場。細川さんとはルリさんがいなければ、業務上の付き合いしかしなかっただろう。
槇原真智子も並行世界ではルリさんの親友になっている。
人の幸せを祝ったり、辛い時に味方になってくれたりするような相手を私は表面的な部分だけを見て合わないと切り捨てて来た。