細川さんは私の言葉に頬を染めると、徐に口を開いた。
「お友達のこと、フレネミー扱いして済みません」
「いや、元カレ連れてきて揉めることを期待するなんてフレネミーでしょ。友達だと思ってたんだけどね⋯⋯」
私の沈む気持ちに寄り添うように、細川さんが私の手を握ってくる。
「お友達は嫉妬したんだと思います。素敵な結婚式、完璧な新郎。自分と比べてしまったんでしょう。森本さん、誰もが羨む幸せを手に入れたって事ですよ」
言葉を選びながら、私の気持ちを上向きにしてしくれようとする彼女の手が温かい。
「細川さんって良い子だね」
「ありがとうございます。人のハッピーを自分も喜ぶ事で幸せエネルギーを取り込むことにしてるんです」
「それ、いいね。私もやってみよ」
気分が上向きになり、細川さんと笑い合う。
扉をノックする音と共に入ってくる愛する夫。
「瑠璃、本当に綺麗だ。絶対に幸せにするよ。園田瑠璃!」
私を見た瞬間、周りに何も見えないかのように抱きついてくる一樹さんを抱きしめ返す。
園田瑠璃になるという事に幸せを感じるのは、私が心から彼を愛してるからだ。
細川さんは私にアイコンタクトを送って部屋を去って行く。彼女とは常にアイコンタクトで会話をできるくらい仲良くなった。きっかけは、もう一人の私。ルリさんがいなければ、細川さんと私はただの先輩と後輩。私も義務的にしか彼女とは接しなかった。
細川さんと連携した接客。CAをして良かったと感じた大切な思い出。
(園田家の家業を手伝う時にも活かせそう)
私に見惚れている夫をよそに私はこれからを考えていた。そして、会いたくないけれど、会うのを避けられない人がやってくる。
私の父の登場だ。
「一樹君、ここにいたのか。挨拶をしたくて探していたんだ。結婚おめでとう。至らない所も多い娘だと思うが頼んだよ」
一樹を見るなり、全く私を見ようともせず表面上の会話をする父に寒気がする。父を見るだけで、この世界の空気が薄まった気がする。
「瑠璃さんは俺には出来すぎた女性です。彼女に見合う男になるように精進します」
爽やかな笑顔で父に接している一樹。私と父の関係性を知っているだろうに、大人な対応をしてくれた。
気がつけば結婚式が始まる時間になっていた。
目の前に閉ざされた扉が開く前。
並んだ父親に大抵は娘が今までの感謝の言葉を述べるだろう。
私は何の言葉も紡げず押し黙った。父も周囲が見ていない今は自分を作る必要がないのか険しい顔で押し黙る。
ゆっくりと扉が開かれ、たくさんの目玉が私たちを見つめる。
父は穏やかな顔になり、私を慈しむような視線を向けてきた。
絶縁したような関係なのに、まるで仲睦まじいかのような体を保つ。
人生で何度もない節目の日。
私の心は再び沈んでいった。
長年付き合いのあった友人の本音を垣間見たような瞬間。何一つ反省をしてなく相変わらず私みたいな女には自分しかいないと考えている元カレ。
そして、何よりも私を虐待しながら良い父を装う男、森本正義。
気がつけば私の視界は赤かった。俯いてしまっていたのかバージンロードを見て歩いている。背筋を正そうと思い顔をあげると、そこには私の事を好きで仕方ないといった少しだらしない顔をした一樹さんがいた。
父と腕を組んでいたのを解き、一樹さんの前に立つ。
この上なく安心している自分がいる。私の顔が好きだという彼は私が老いたら、気難しいだけの女と私を見捨てるかもしれない。一瞬、浮かんだ考えに首を振る。目の前の男を信じることだけ考えることにした。ルリさんみたいに美容に気遣いながら、彼の好きな強い私でいる努力をし続ければ良いだけ。
きっと私は自分を地獄から救ってくれた一樹さんをずっと愛する。もし、彼が私を裏切ったらルリさんのように絶望するかもしれない。それでも、絶対に立ち直る。何もかも詰んだような人生なのに、並行世界に冒険して笑顔で帰っていったルリさんのように⋯⋯。
ふっと笑顔が漏れると、一樹さんが私に見惚れているのが分かった。私は彼をもっと夢中にさせたくてじっとその目を見つめる。一樹さんは恥ずかしいくらいにりんごのように顔を赤くする。
徐に神父が誓いの言葉を紡ぎ出す。
「新郎、園田一樹。 あなたはここにいる森本瑠璃を病める時も 健やかなる時も富める時も 貧しき時も妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
彼の低い声に私の胸が熱くなる。
「新婦、森本瑠璃。 あなたはここにいる園田一樹を病める時も 健やかなる時も富める時も 貧しき時も夫として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
一樹を見つめながら誓った言葉を心に刻み込む。
浮気されたら? 飽きられたら? さっきは弱気になって、そんな事を考えたけれど、やはり縋ったりはしたくない。
私は自分を貫くだけ。その私が嫌になったなら、一樹は私の元から去れば良い。
私の相変わらず強気な心の内を感じ取ったのか、少し顔を青くした一樹が目の前にいた。私の事を好きで仕方なくて、実は子供っぽい彼が好きだ。
そっと目を閉じて彼の誓いのキスを受け入れる。
結婚はハッピーエンドじゃない、これからが勝負!
目を開けた私の前には、幸せいっぱいの表情を失い、なぜか焦ったような顔をした新郎がいた。一樹は本当に私が好きなのだろう。私の少しの表情の変化から必死に私の気持ちを探ろうとして、探っては不安になる。パートナーを不安にさせない癒し系の私への道は遠そうだ。