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第67話 初日のトラブル

 私は園田リゾートホテルズで勤務を始める。


「うちの嫁です。クアトロリンガルなのよ。瑠璃さんって呼んで可愛がってあげて」

 義母は私を気に入ってくれてるようで、好意的に周囲に紹介してくれた。


「園田瑠璃です。本日から宜しくお願いします」

 私が任されたのは園田リゾートホテルズ東京のホテルのコンシェルジュ。

 コンシェルジュはホテルの顔。あらゆるお客様の要望と質問に答え、迅速に行動する必要がある。


 事前に周辺地理やホテルについて、調べていたお陰で問題なく進んでいた。

 ただ、気になるお客様がいる。


 本日のスイートルームの宿泊者、千賀智則。

園田リゾートホテルズと仕事上の関係もある千賀食品の社長。

ブランド物に身を包んだアラカンの彼は、派手な服装をした若い女性たちに囲まれたまま、エレベーターに乗って行った。



 私はフロントデスクにインカムで確認をとる。

「スイートルームのお客様である千賀様ですが、本日はお一人で宿泊の予定ですよね。5名程の他の女性の方とご一緒だったのですが、別のお部屋に宿泊予定のお客様でしょうか?」


「瑠璃さん、今日のブリーフィングでは言いそびれ出ましたが、千賀様の件は暗黙の了解なんです」

「暗黙の了解?」

「千賀様はいつも女性の方々をお連れしてお泊まりになるんです」

「宿泊リストには書かれてない方を泊めているのですか? それは、問題がありますよ」

「一応一泊150万円の室料も頂いておりますから」

 一泊3万円から7万円の部屋がほとんどの園田プリンスホテルズ東京。スイートルーム150万円を払うお客様を特別扱いしているという事だろう。

「宿泊税は一人当たりに掛かってくるのでは? それに、地震や火事などインシデントが発生した場合、身元の分からないお客様が宿泊していたら困った事になりますよ」

 私の言葉にフロントデスクが裏でざわついているのが分かる。

(誰も判断ができないの?)


「私が部屋まで赴いて、宿泊者リストの追加記入をお願いして参ります」

「あっ、待って」

 私はインカムを切ると、スイートルームまで急いだ。


 インターホンをしても返事がない。現在ここには推定6人の人間がいるはず。私はマスターキーを使って扉を開けた。扉を開くなる甘い香りがする。


「失礼致します」


 歩き進めるなり、目の前に現れたのはみたこともない光景。裸の男女が入り乱れていて、そこにいるのは6人どころではない。


「失礼します。この部屋の宿泊者は千賀様お1人となっているのですが、宿泊リストに記名をお願いできますか?」


 私の言葉が聞こえないかのような男女。混浴風呂でもないのに、よくこんな格好が他人の前でできる。

(下品な人たち)

「ストーップ! 服を着て正式な手続きをとってください」

 低めの大きな声を出す。

CA時代に緊急時に出すように学んだ人々が冷静になれる声。


 するとバスローブを羽織っただけの小太りの男が私に近づいてくる。

あまりの汚さにクラクラする。


「君も混ざったらいいでしょ」

「すみません。意味がわかりません。ここにいるのは人間ですか? 服も着ないで動物園にいる動物と変わりませんよね」

 私の中の安全装置が切れた。

 一樹さんのご実家の事業を助けたいと思っていたのに、お客様に物申している。ただ、目の前の光景が気持ち悪い。


「あー、これ、御曹司のお嫁さんね。気取っちゃって、流石、学者の娘。今を楽しもうよ。君、人生損してるよ」

 私にガウンを羽織りながら近づいてくる千賀社長。


「千賀社長。この匂いは薬物ですか?」

 甘い匂い、現実とは思えない雰囲気から察した言葉。

「声も可愛いな。結婚式で見た時から、随分良い女だと思ってたんだ。君、結構いいもの持ってるよね。さあ、脱いで」

 千賀社長の返答に私は絶句する。取引先の社長の義理の娘に言う言葉じゃない。薬物か何かで思考がおかしくなっているのか、彼は自分が王様か何かと勘違いしているかだ。

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