私は園田リゾートホテルズで勤務を始める。
「うちの嫁です。クアトロリンガルなのよ。瑠璃さんって呼んで可愛がってあげて」
義母は私を気に入ってくれてるようで、好意的に周囲に紹介してくれた。
「園田瑠璃です。本日から宜しくお願いします」
私が任されたのは園田リゾートホテルズ東京のホテルのコンシェルジュ。
コンシェルジュはホテルの顔。あらゆるお客様の要望と質問に答え、迅速に行動する必要がある。
事前に周辺地理やホテルについて、調べていたお陰で問題なく進んでいた。
ただ、気になるお客様がいる。
本日のスイートルームの宿泊者、千賀智則。
園田リゾートホテルズと仕事上の関係もある千賀食品の社長。
ブランド物に身を包んだアラカンの彼は、派手な服装をした若い女性たちに囲まれたまま、エレベーターに乗って行った。
私はフロントデスクにインカムで確認をとる。
「スイートルームのお客様である千賀様ですが、本日はお一人で宿泊の予定ですよね。5名程の他の女性の方とご一緒だったのですが、別のお部屋に宿泊予定のお客様でしょうか?」
「瑠璃さん、今日のブリーフィングでは言いそびれ出ましたが、千賀様の件は暗黙の了解なんです」
「暗黙の了解?」
「千賀様はいつも女性の方々をお連れしてお泊まりになるんです」
「宿泊リストには書かれてない方を泊めているのですか? それは、問題がありますよ」
「一応一泊150万円の室料も頂いておりますから」
一泊3万円から7万円の部屋がほとんどの園田プリンスホテルズ東京。スイートルーム150万円を払うお客様を特別扱いしているという事だろう。
「宿泊税は一人当たりに掛かってくるのでは? それに、地震や火事などインシデントが発生した場合、身元の分からないお客様が宿泊していたら困った事になりますよ」
私の言葉にフロントデスクが裏でざわついているのが分かる。
(誰も判断ができないの?)
「私が部屋まで赴いて、宿泊者リストの追加記入をお願いして参ります」
「あっ、待って」
私はインカムを切ると、スイートルームまで急いだ。
インターホンをしても返事がない。現在ここには推定6人の人間がいるはず。私はマスターキーを使って扉を開けた。扉を開くなる甘い香りがする。
「失礼致します」
歩き進めるなり、目の前に現れたのはみたこともない光景。裸の男女が入り乱れていて、そこにいるのは6人どころではない。
「失礼します。この部屋の宿泊者は千賀様お1人となっているのですが、宿泊リストに記名をお願いできますか?」
私の言葉が聞こえないかのような男女。混浴風呂でもないのに、よくこんな格好が他人の前でできる。
(下品な人たち)
「ストーップ! 服を着て正式な手続きをとってください」
低めの大きな声を出す。
CA時代に緊急時に出すように学んだ人々が冷静になれる声。
するとバスローブを羽織っただけの小太りの男が私に近づいてくる。
あまりの汚さにクラクラする。
「君も混ざったらいいでしょ」
「すみません。意味がわかりません。ここにいるのは人間ですか? 服も着ないで動物園にいる動物と変わりませんよね」
私の中の安全装置が切れた。
一樹さんのご実家の事業を助けたいと思っていたのに、お客様に物申している。ただ、目の前の光景が気持ち悪い。
「あー、これ、御曹司のお嫁さんね。気取っちゃって、流石、学者の娘。今を楽しもうよ。君、人生損してるよ」
私にガウンを羽織りながら近づいてくる千賀社長。
「千賀社長。この匂いは薬物ですか?」
甘い匂い、現実とは思えない雰囲気から察した言葉。
「声も可愛いな。結婚式で見た時から、随分良い女だと思ってたんだ。君、結構いいもの持ってるよね。さあ、脱いで」
千賀社長の返答に私は絶句する。取引先の社長の義理の娘に言う言葉じゃない。薬物か何かで思考がおかしくなっているのか、彼は自分が王様か何かと勘違いしているかだ。