時間が止まったような感覚に呆然としていると自分に沢山の手が伸びているのが分かった。甘い匂いには何か効果があるのか頭がボーッとしてくる
私は瞬間。性被害にあったルリさんを思い出す。
「おやめなさい! 今から警察に通報します」
私の叫びと共に、部屋の扉が開く。
そこにいたのは、園田リゾートホテルズ東京の総支配人を任されている椎名亨。
物腰が柔らかいアラフィフくらいの男は、入社して以来園田リゾートホテルズに献身的に尽くしてきたと聞いていた。
椎名亨は扉を開けるなり、そこに膝をつき頭を床に擦り付ける。
「申し訳ございません。園田は今日入ったばかりの新人でして」
私は彼の言葉に、全てを察した。
この異様な状況を暗黙の了解としてホテルは飲み込んでいる。そもそも、清掃に入る時点でどのような部屋の使い方をしたかは見当が付く。通報義務より、お客様のプライバシーを優先している。
「何を言ってるんですか? 警察に通報すれば逮捕案件ですよ。謝るのはホテルを不正使用した千賀社長のほうで⋯⋯」
私が言い終わらない内に椎名亨は私の体を床に押し付けさせ、頭を下げさせようと押し付けてくる。
(な、何これ⋯⋯)
私は謝るようなことを何もしていないのに土下座させられようとしている。
頭が混乱する。愛する人と結婚して、彼の家業を手伝って幸せの絶頂にいるはずだった。
「そんな形だけの詫び何も意味ないんだよね。そこのお嫁さんが脱いでくれたら一発で許すんだけど」
目の前にいる食品会社の社長は悪酔いしてるのだろうか、信じられない言動を当たり前のようにしている。私を辱める事で満足したい支配欲丸出しの男。CA時代も過度なクレーマーはいたが、こんな狂った要求をされた事はない。
千賀社長は目の焦点があっていない。狂った要求をしているのは私を教範にして通報されないためかもしれない。
「流石にそれだけは⋯⋯他の償いはないでしょうか」
椎名亨がなぜ下手に出ているのかを私は理解できない。
「いい加減にしてください。お客様は神様だと思って仕事をしてましたが、千賀様、貴方は犯罪者です。スイートルームは宴会場でも乱交パーティーの会場でもありませんよ。本日はお1人の宿泊でご予約を頂いております。そして、この匂い。警察を呼んでお調べ頂いた方が良さそうですね」
私がポケットからスマホを出そうとした手首を折れそうなくらい椎名亨が握ってくる。
「生意気な女だな。でも、好きだぞ。お前のような女を跪かせる瞬間ほど高揚するものはない」
私の頬に手を伸ばしてくる千賀社長の手を思い切り引っ叩く。
「気持ち悪い!」
私の発した言葉に椎名亨は只管頭を下げている。
「園田が失礼をして申し訳ございません」
「園田リゾートホテルズとの契約を切っても良いんだぞ。赤字続きで今にも倒産しそうなホテルに、長年の付き合いで懇意にしてやってるんだ。早く脱いで俺を満足させろ。旦那を泣かせたくないだろ」
園田リゾートホテルズは老舗だが経営状況は芳しくない。私も国内外に展開する名門ホテルという認識しかなかったので現状を知り驚いた。やはり、感染症が流行った期間に大手とはいえ経営が傾いたのだろう。
「この私がなんでそんな事しなければいけないのですか? 旦那が私が脱がなければ泣くですって? そんな夫なら不要です」
私はしつこく私を掴もうとしてくる千賀社長の手を振り払った。
そんな私たちの異常なやり取りが漏れていたのか、扉を開けて園田リゾートホテルズの社長である義父が入ってきた。誰かが呼んだのだろう。