「冴島傑さん。妻に何かご用ですか? 結婚式にも招待していないのにいらっしゃったようですが、ストーカーですか?」
「一樹さん、どうして?」
「実は機材繰りの関係で今日のスケジュール変更になったんだ」
一樹さんがふわっとした笑顔をむけてくれる。私は思わず彼に駆け寄り抱きついた。そんな私を一樹さんは抱き寄せてくれる。夜風が少し寒いと感じていたのに、彼の温もりに温められる。
「園田さん、余裕ぶってますけど、実は瑠璃との生活に嫌気がさしてませんか? 10年付き合っていたからこそ言えますが、瑠璃は本当に神経質で細かくて一緒にいて息が詰まる女です。彼女と一緒にいられるのは俺くらいだと思いますよ」
冴島傑が私を咎めてくる。私は目をぎゅっと瞑って一樹さんに寄り添った。私は厳しい家庭に育って家にいると息が詰まった。それなのに、一樹さんにも同じようにルールで縛るような生活を強いてしまった気がする。今、その審判が下る。
「俺は既に同棲期間である1年間の厳しい訓練を終えている。今、瑠璃の生活との適合率は100%に近いと言っても過言ではない」
一樹さんの思わぬ言葉に私は自分の行いを猛省した。同棲を始めた頃、彼の色々な部分が目について小言を言ってしまった。それなのに今は彼といるのに居心地の良さを感じる。全ては一樹さんが私に合わせてくれた結果。
「同棲? そんな訳⋯⋯」
冴島傑が動揺しているのも無理はない。同棲など私の父が許す訳ないと思っているのだ。私が親と絶縁というカードを切ったとは想像もつかないだろう。
「冴島さん。私、一樹さんが心から好き。冴島さんとの時間なんて、もうなかったも同然なの。今度、私のところに来たら、そこの警察署に連れてくから覚悟しといて」
私が睨みつけたように言った言葉に冴島傑は狼狽しながら立ち去った。
私は一樹さんに力一杯しがみつく。
「一樹さん、一樹さん、一樹さん⋯⋯」
「瑠璃、部屋に戻ろっか」
「はい⋯⋯」
流石に顔見知りになっていないとはいえ、人がそこそこ行き交う場所で法要など恥ずかしい。私は熱くなる顔を隠すように一樹さんにしなだれかかりながら、部屋に戻った。
玄関の扉を閉めるなり、一樹さんが私を抱き寄せキスをしてくる。息をするのも苦しいような濃厚な口付け。
「はぁ、一樹さん。ごめんなさい。私、もっと一樹さんを癒せるようになりますから」
私が居心地よく暮らせていたのは、一樹さんが私に合わせていたからだった。
「別に今のままで瑠璃はいいよ。俺はもう君に適合する訓練を終えたんだ」
一樹さんは天然。
(訓練って⋯⋯他に言い方あるでしょ)
突っ込みたくなるけれど、今は彼の甘いキスに溺れていたい。
「私、今日は一樹さんを癒したい」
「俺に瑠璃を癒させて⋯⋯。父さんが瑠璃はいつ寝てるのか心配だって言ってた。俺がいない時ちゃんと休んでる?」
「休んで⋯⋯ますよ」
実は全く休んでない。正直、ホテルの仕事が楽しくて仕方がない。経営に関わらせてもらえてからは、提案をして議論をして問題が解決する。その過程と達成感は私の心を満たす。寝ているのなんて勿体無いと思える程、私は今仕事にのめり込んでいる。
「嘘っぽいぞ。園田瑠璃。君を愛してやまない俺の為にも休め!」
一樹さんが私の頬を包んでくにゃくにゃしてくる。私は今驚く程満たされている。
「嘘じゃないです。今日は一樹さんを癒すことばかり考えていました。マッサージでもしようかなと⋯⋯愛する旦那様を癒したいんです」
一樹さんの腕をぎゅっと掴む。硬い男の人の腕にドキッと心臓が跳ねた。
きっと肩は凝っているのだろうと手を伸ばしたところで手首を掴まれた。
「俺がマッサージしてあげる。沢山資料作って疲れてるでしょ。これから、ベッドで瑠璃にご搭乗しようかな」
一樹さんが私を横抱きしベッドに連行しようとする。
「ま、待ってください。私、制服返しちゃったから」
CAをしていた時、同僚が制服プレイについて話していた事を思い出した。制服は当然退社する時に会社に返却している。
「俺、制服マニアじゃなくて、瑠璃マニアだからね」
そっと柔らかいベッドに降ろされて、目の前には愛おしい夫がいる。まだ、お風呂入っていないだとか口煩い私は封印。今は、面倒な私を心から好きになってくれた男を受け入れたい。
「私も一樹さんマニアです。好きです。心から愛してます。旦那様」
私の言葉に一樹さんは真っ赤になり口元を抑える。彼の手を掴み私は自分の頬に持っていった。優しいキスが降ってきた私は幸せな時を過ごした。