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第77話 幸せな朝と可愛くない私

 目を開けると美味しそうな朝食の匂いがする。

 私は慌ててダイニングの方に急いだ。

「一樹さん、朝食作ってくれたんですか? ありがとうございます。凄く美味しそうです」


 テーブルの上にグリーンサラダやエッグベネディグト、マチュドアと小松菜のスムージーが並んでいる。私が和食が得意なので、一樹さんは洋食担当だ。


「頂きます」

「どうぞ、召し上がれ」

 エプロンを取りながら、一樹さんが向かいの席に座る。小松菜のスムージーは初めて飲んだ時は味がしなかったが、今は幸せの甘い味がした。


「瑠璃、新婚旅行のことだけど、どこ行きたいか考えた?」

「えっと⋯⋯」


 実は仕事が面白くなってきて、今は休みをとりたくない。そんな事を言ったら可愛くない女と思われてしまいそうだ。一樹さんは海外暮らしが長かったせいか、特に海外旅行に行きたいとは思っていない。せめて、温泉でもと思うが、私も宮崎や鹿児島ステイでは温泉にしょっちゅう入っていた。一樹さんと過ごせるなら、移動距離を省略できる家が一番幸せ。


(つまり、新婚旅行は行きたくない⋯⋯)

 自分でも恐ろしい程、可愛くない女だという自覚がある。


「家でまったり一樹さんと過ごしたいかな。新婚旅行というか、子供ができたら家族旅行に行きたい」

 私は偽りざる本音を言った。私は記憶にある限り家族旅行に行ったことがない。でも、ずっと憧れていた。


「了解! 家族旅行、楽しみ。まだ、先だけど、どこがいいかな?」

 一樹さんの笑顔に温かい気持ちになる。


「シンガポールか、バリ。ホテルの視察もしたいですし」

 シンガポールとインドネシアのバリには園田リゾートホテルズがある。オンラインでしか現地の総支配人と会話をしていない。2つのホテルは割と盛況なので、実際現地を視察すれば参考になる何かがありそうだ。


 私の言葉に一樹さんが吹き出す。

「視察権、家族旅行ね」

「いや、チラッと見るだけで家族旅行です」

 私は頭の中が今仕事でいっぱいなのを見透かされたようで動揺する。


「瑠璃が仕事が楽しそうで安心した」

 ホテルで働き始めた時は千賀事件があって、彼には心配を掛けた。私が楽しんでいるのを喜んでくれる彼。


 私は今日もますます一樹さんを好きになっている。そして、膨れ上がる「好き」という気持ちの片隅で私のような人間の為の移動距離のないハネムーンプランのプレゼンを考え始めていた。


♢♢♢


 数日後に東京を巨大台風が直撃。園田リゾートホテルズの対応は話題になった。忘れ物対応に関しても、インスタグラマーがSNSに「一流のサービス」としてあげた事で評判になる。園田リゾートホテルズのサービスの細やかさにファンになってくれる方も増え、ホテルの稼働率は格段に上がっていった。


「瑠璃さん、今度、テレビの取材が来るんだけれど瑠璃さんが代表して対応して貰えるかな?」

 義父からの提案を断る理由はなかった。

「分かりました」

 私は気がつけば、園田リゾートホテルズの広告塔になっていた。


 仕事は絶好調。家庭も円満だったはずなのに、結婚以来最大の危機が突然訪れるとは思ってもみなかった。



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