席に案内されるなり、キウイフルーツの入ったソーダ水を持ってこられた。
「お気遣いなく」
私は一口だけソーダ水に口をつけて、固まる。
(これ、お酒入ってる。午前中で仕事できているのに、酒を出すな!)
「これ、お酒ですか?」
「はい、瑠璃さんをイメージして作ったカクテルです。溌剌として清楚な感じ出てますか?」
「はぁ⋯⋯」
私はますますルリさんが心配になった。彼女がこんな風に騙し討ちで酒を飲まされたらフラッシュバックで倒れてしまいそうだ。
「今日、お伺いしたのはバレンタインフェアにはチョコレートカクテルのみの提供にして欲しいというお願いに参りました」
私は早速本題に入る事にした。
「えー! 気に入りませんでした? このカクテル。そもそもチョコレートケーキに、チョコレートカクテルってくどくないですか?」
柏木店長の意見もごもっともだが、くどく感じないように3ヶ月も構想を練ったケーキを開発した澤村さんを尊重したい。
「チョコレートカクテルにあうケーキを開発済みです」
「その話は聞きましたが、カクテルを選べた方が楽しいと思うんです」
またごもっともな意見が返ってくる。これは他の切り口で説得した方が良さそうだ。
「未成年者への提供はノンアルコールでしたよね。チョコレートドリンクはいわゆるココアの提供になります。お子さんも飲み慣れたものです」
「はぁ」
「ストリグスカフェ銀座の顧客とは異なり、ホテルには幼児のお客様もいらっしゃいます。例えば、このキウイフルーツをソーダ水として提供したとします」
ストリングスカフェ銀座は土地柄もあり、顧客の年齢層が高い。私が並行世界で働いていた時もお子様のお客様はいらっしゃらなかった。
「綺麗だし、売れると思いますよ。フルーツジュースが好きな子もいますよね」
彼は余程自分の作ったカクテルに自信がありそうだ。
「その子がキウイアレルギーだったらどうしますか? 幼児期にキウイや、パイナップルをまだ食べたことがない子もいます。気がついていないけれど、アレルギーがありアナフィラキシーショックでも起こしたら?」
私の言葉に柏木店長がハッとした顔をする。私はこのまま説得を試みる事にした。
「アレルギーというのはいつ発生するかも分からないものです。妊娠して急にキノコアレルギーになったという方を私は知っています」
産婦人科が近いこともあり、ホテルのカフェには妊婦のお客も多い。やはり、安全面でも今回のメニュー変更は避けるべき。
「妊娠してからキノコアレルギーというのは下ネタですか?」
柏木店長が笑いながら私の左手を摩りながら冗談を言っている。
「えっと、下ネタじゃなくて真実なのですが。私は冗談は嫌いです」
私は再びルリさんが心配になった。距離感が近くボディータッチが多い男を意図せず男性恐怖症の彼女に近づけてしまった。
「それはすみませんでした。カフェへの提供カクテルの件はチョコレートカクテルのみで良いですよ」
「本当ですか? ご理解頂きありがとうございます」
「やっと笑ってくれた。瑠璃さん、結婚してるんですね。正直、めちゃくちゃ好みです。結婚してなかったら、絶対猛アプローチしてるのに」
柏木店長が私の左手の薬指を摩りながら言った言葉に一瞬背筋が凍る。
(ルリさん⋯⋯大丈夫だよね?)
エレベーターで男に言い寄られてフラッシュバックで失神したと言っていた彼女。近寄り難いイメージのある私に比べ彼女は隙だらけ。彼女は私の世界で一樹さんと接触しても大丈夫だった。それは彼女が精神的な問題だけでなく自分でも制御できない身体の問題も抱えているからだ。
「私、これで失礼しますね」
急に立ったせいか、立ちくらみが起こる。流石にアラサーに二徹はきつかったようで、そのまま私は気を失ってしまった。