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第82話 離婚の危機

「うーん」

 眩しくて、目を覚ます。真っ白なシーツのベッドの上。

 窓の外からは海が見える。

(どこ? ここ)


「やっと目が覚めた。なんと、24時間近く寝てましたよ。瑠璃さん」

 私が起きた気配に気がついたのか、寝室に入ってくるラフな部屋着姿の柏木店長。

「えっ? 嘘」

 私は思わず自分の服装を確認する。

 白シャツにパンツスーツ。

「あの、私のジャケットはどこですか?」

「皺になっちゃうんで、ハンガーに掛けておきました」

 グレーのジャケットを受け取り羽織る。


 柏木店長が私のバッグも持ってきてくれた。

「すみません、スマホの充電器貸してください」

「どーぞ! そんな焦んないでください。僕、神誓って瑠璃さんに手は出してませんよ」

 柏木店長は私に充電器を渡しながらクスクス笑っている。


 「分かってます。私が気を失って介抱してくれていただけですよね」

 私はコンセントを差し込んでスマホを充電し始めると、直ぐに電話が掛かってきた。

(一樹さんだ!)

 私は慌てて電話に出る。

「やっと出た。今、どこにいるの?」

 一樹さんの疲弊した声に胸が痛くなる。

「えっと、海が見えるところ」

 窓の外の風景には全く見覚えがなくて、どこにいるかが分からない。

困っている私のスマホを柏木店長が取り上げる。


「初めまして。瑠璃さんの旦那さんですか? 瑠璃さんが昨日倒れたので介抱していたものです。ここの住所を言うので迎えに来てください。江東区豊洲⋯⋯」

 住所から察するに海は東京湾で、私は湾岸地区のタワーマンションの一室にいたらしい。


「柏木店長、ここが豊洲ならば私自分で帰ります」

有楽町線が通ってるはずだから、乗り換えをすれば六本木のマンションに帰れる。

「昨日、倒れたんだから迎えに来てもらった方が良いですよ。それに、旦那さんに電話もう切られちゃいました。多分、すぐ来るのでブランチでも食べて待ってましょう」

「えー」

 私は思わず頭を抱え込む。そんな私を見て柏木店長はまたクスクス笑っている。

(倒れたからって家に持ち帰る?)

 私はますますルリさんが心配になったが、今は自分の心配をした方が良さそうだ。

 朝帰りよりも最悪なことをしてしまった。

 そもそも、帰ってない上にまる1日音信不通。逆のことをやられたら、私なら即離婚する。


 ダイニングテーブルに用意された、食事は2人分。

「ありがとうございます。頂きます」

「どうぞ、召し上がれ」

 流石に丸一日何も食べてなくて、飢餓状態。

 私は柏木店長手作りフレンチトーストを食べる事にした。きっと甘い味をしているのだろうけれど、気が気がじゃなくて味がしない。



 柏木店長は頬杖をつきながら私が食べるのを見ている。

「なんか良いですね。新婚みたい」

 今の危機的状況を彼は理解していない。ともすれば、彼は不倫相手として疑われる。

「柏木店長、若いですね⋯⋯」

 怖い者なしの若者が怖い。

「僕、瑠璃さんみたいな綺麗なお姉さん好きなんです。一晩一緒にいられて幸せでした」

「間違っても今みたいな誤解されるような事言わないでください!」

 軽薄な感じの彼に不安になる。

 無駄に彼がイケメンなせいで、いかにもな浮気相手に見える。


 その時、インターフォンが鳴った。

「一樹さん!」

 液晶には私の夫が映っている。

 私は人のウチのインターフォンなのに、思わず勝手に解錠してしまった。


「あの、ご馳走様でした。今から、夫が来るので失礼します」

 私がお皿を片付けようとすると、その手を取られる。

「僕がやっておきますよ。また、仕事で会いましょうね。瑠璃さんがフリーになったらプライベートでもアプローチします」

 柏木店長の軽口に不安が襲ってくる。

(フリーって離婚ってことだよね⋯⋯)


 自分から一樹さんに離婚と言った癖に、いざとなると彼を失う事に動揺する。

でも、この状況を自分なら許せない。連絡も取れず朝帰り。正直、パートナーとしては最低。


 もう1度インターフォンが鳴って、私はバッグを持って玄関まで小走りに走った。

「そんな焦らないで」

 私のすぐ後ろまで付いてきた柏木礼司店長が扉を開錠してくれる。若くて綺麗な男子なのだけれど、彼にときめくような奔放さがないのが私。私が気になっているのは、一樹さんの気持ちだけ。失うかもしれないという状況になって初めて怖くなる。いつでも離婚してくれて構わないなんて強気な事を言っておいて、本当は私は一樹さんと一緒にいたい。


 扉が開くと怒りを抑え込んだような表情の一樹さんがいた。


「妻がお世話になりました」

「いえいえ、瑠璃さんならいつでも歓迎ですよ。疲れているみたいだから、ゆっくりと休ませてあげてくださいね」

 背の高い2人。

 頭上で繰り広げられる会話が怖い。


「⋯⋯柏木店長、ご迷惑お掛けしました」

 私はゆっくりと頭を下げると、一樹さんに強くて首を掴まれ車まで連れて行かれた。


 車に乗っても一樹さんは無言。

 運転は相変わらず上手な安全運転。

 でも、横顔からは疲労と怒りが垣間見える。


「一樹さん。心配掛けてすみませんでした。スマホの充電が切れてて⋯⋯」

「あの男とは何で一緒に?」

「彼はストリングスカフェ銀座の店長です。仕事で会ってたのですが、立ち上がった時に倒れてしまって」

「それで?」

「それからの記憶はありません。気がついたら、豊洲のマンションにいて⋯⋯」

「また、記憶がないんだ⋯⋯」


 一樹さんの声が震えている。

 私はルリさんが彼とワンナイトした時、自分は記憶がないと言った事を思い出した。

(私、浮気を疑われてる?!)



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