「うーん」
眩しくて、目を覚ます。真っ白なシーツのベッドの上。
窓の外からは海が見える。
(どこ? ここ)
「やっと目が覚めた。なんと、24時間近く寝てましたよ。瑠璃さん」
私が起きた気配に気がついたのか、寝室に入ってくるラフな部屋着姿の柏木店長。
「えっ? 嘘」
私は思わず自分の服装を確認する。
白シャツにパンツスーツ。
「あの、私のジャケットはどこですか?」
「皺になっちゃうんで、ハンガーに掛けておきました」
グレーのジャケットを受け取り羽織る。
柏木店長が私のバッグも持ってきてくれた。
「すみません、スマホの充電器貸してください」
「どーぞ! そんな焦んないでください。僕、神誓って瑠璃さんに手は出してませんよ」
柏木店長は私に充電器を渡しながらクスクス笑っている。
「分かってます。私が気を失って介抱してくれていただけですよね」
私はコンセントを差し込んでスマホを充電し始めると、直ぐに電話が掛かってきた。
(一樹さんだ!)
私は慌てて電話に出る。
「やっと出た。今、どこにいるの?」
一樹さんの疲弊した声に胸が痛くなる。
「えっと、海が見えるところ」
窓の外の風景には全く見覚えがなくて、どこにいるかが分からない。
困っている私のスマホを柏木店長が取り上げる。
「初めまして。瑠璃さんの旦那さんですか? 瑠璃さんが昨日倒れたので介抱していたものです。ここの住所を言うので迎えに来てください。江東区豊洲⋯⋯」
住所から察するに海は東京湾で、私は湾岸地区のタワーマンションの一室にいたらしい。
「柏木店長、ここが豊洲ならば私自分で帰ります」
有楽町線が通ってるはずだから、乗り換えをすれば六本木のマンションに帰れる。
「昨日、倒れたんだから迎えに来てもらった方が良いですよ。それに、旦那さんに電話もう切られちゃいました。多分、すぐ来るのでブランチでも食べて待ってましょう」
「えー」
私は思わず頭を抱え込む。そんな私を見て柏木店長はまたクスクス笑っている。
(倒れたからって家に持ち帰る?)
私はますますルリさんが心配になったが、今は自分の心配をした方が良さそうだ。
朝帰りよりも最悪なことをしてしまった。
そもそも、帰ってない上にまる1日音信不通。逆のことをやられたら、私なら即離婚する。
ダイニングテーブルに用意された、食事は2人分。
「ありがとうございます。頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」
流石に丸一日何も食べてなくて、飢餓状態。
私は柏木店長手作りフレンチトーストを食べる事にした。きっと甘い味をしているのだろうけれど、気が気がじゃなくて味がしない。
柏木店長は頬杖をつきながら私が食べるのを見ている。
「なんか良いですね。新婚みたい」
今の危機的状況を彼は理解していない。ともすれば、彼は不倫相手として疑われる。
「柏木店長、若いですね⋯⋯」
怖い者なしの若者が怖い。
「僕、瑠璃さんみたいな綺麗なお姉さん好きなんです。一晩一緒にいられて幸せでした」
「間違っても今みたいな誤解されるような事言わないでください!」
軽薄な感じの彼に不安になる。
無駄に彼がイケメンなせいで、いかにもな浮気相手に見える。
その時、インターフォンが鳴った。
「一樹さん!」
液晶には私の夫が映っている。
私は人のウチのインターフォンなのに、思わず勝手に解錠してしまった。
「あの、ご馳走様でした。今から、夫が来るので失礼します」
私がお皿を片付けようとすると、その手を取られる。
「僕がやっておきますよ。また、仕事で会いましょうね。瑠璃さんがフリーになったらプライベートでもアプローチします」
柏木店長の軽口に不安が襲ってくる。
(フリーって離婚ってことだよね⋯⋯)
自分から一樹さんに離婚と言った癖に、いざとなると彼を失う事に動揺する。
でも、この状況を自分なら許せない。連絡も取れず朝帰り。正直、パートナーとしては最低。
もう1度インターフォンが鳴って、私はバッグを持って玄関まで小走りに走った。
「そんな焦らないで」
私のすぐ後ろまで付いてきた柏木礼司店長が扉を開錠してくれる。若くて綺麗な男子なのだけれど、彼にときめくような奔放さがないのが私。私が気になっているのは、一樹さんの気持ちだけ。失うかもしれないという状況になって初めて怖くなる。いつでも離婚してくれて構わないなんて強気な事を言っておいて、本当は私は一樹さんと一緒にいたい。
扉が開くと怒りを抑え込んだような表情の一樹さんがいた。
「妻がお世話になりました」
「いえいえ、瑠璃さんならいつでも歓迎ですよ。疲れているみたいだから、ゆっくりと休ませてあげてくださいね」
背の高い2人。
頭上で繰り広げられる会話が怖い。
「⋯⋯柏木店長、ご迷惑お掛けしました」
私はゆっくりと頭を下げると、一樹さんに強くて首を掴まれ車まで連れて行かれた。
車に乗っても一樹さんは無言。
運転は相変わらず上手な安全運転。
でも、横顔からは疲労と怒りが垣間見える。
「一樹さん。心配掛けてすみませんでした。スマホの充電が切れてて⋯⋯」
「あの男とは何で一緒に?」
「彼はストリングスカフェ銀座の店長です。仕事で会ってたのですが、立ち上がった時に倒れてしまって」
「それで?」
「それからの記憶はありません。気がついたら、豊洲のマンションにいて⋯⋯」
「また、記憶がないんだ⋯⋯」
一樹さんの声が震えている。
私はルリさんが彼とワンナイトした時、自分は記憶がないと言った事を思い出した。
(私、浮気を疑われてる?!)