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第9章 私が社長ですか!?

第85話 ホテルの世界

 「瑠璃さん、今日の3ヶ月に1回行っている都内ホテルの交流会の会場が園田リゾートホテルズ東京なんです。宜しければ瑠璃さんが出席してみませんか?」

 仕事に出るなり、園田リゾートホテルズ東京の総支配人である椎名亨から話し掛けられる。


「私がですか? 普段は椎名さんが出席されているものですよね。急に私が出席しても宜しいのでしょうか?」

「ゆくゆくは瑠璃さんが、出席する会になると思うので、慣れという意味でも出席してみてください。有意義な時間が過ごせると思いますよ」


 私は経営会議には出席しているが、別に総支配人の座を狙っている訳ではない。

 ホテルの仕事が面白くて夢中になってしまったが、バスルームでの一樹との会合を終え私が出した答えはワークライフバランスを大切にする事。


 今後、子供を産み育てる時に、周囲の手助けを借りるとしても産むのは私だ。

 ホテルで部署を回って朝から晩まで仕事をし、徹夜で企画書を作る今の働き方では子供を育てるイメージどころか妊娠出産も難しい。

 CAの時とは違い、次から次へと仕事を頼まれ自分でも仕事を増やしてしまう状況が続いていた。 


 今日はかふ、そういった会に出席する事には興味があった。

コロナ禍の客足の遠退きと人手不足という冬の時代は終わり、今はインバウンド需要でホテル業界は特需。

 しかし、私は現状に危機感を感じている。


この状況は一時的なもので、目の前の利益に振り回されてはいけない。


 普段は園田リゾートホテルズの経営会議をしている会議室に都内ホテル20社が集まっている。

5分前に会議室に入ったが、既に全員揃っていた。錚々たる名門ホテルの名前が並ぶ。

 まるでG7サミットのようにホテル名と名前が机上に用意してあったのでありがたい。



「お待たせ致しました。園田リゾートホテルズ東京の園田瑠璃と申します。お時間より早いですが、交流会を始めたいと思います」

 当たり前のように私が言った言葉に、隣のエンペラーホテル東京の総支配人の若月さんが拍手した。

私の父親と同じくらいの年齢だろうか、貫禄がある。

(な、何?)

「素晴らしい。今日は瑠璃様が取り仕切ってくださるのですか?」

「瑠璃様?」

「最近メディアで活躍されていて、瑠璃様と呼ばれてファンも獲得されているそうじゃないですか。女性は美人だと色々と得ですね」

「そのように呼ばれているとは初耳です。今日の会場は当ホテルなので私が司会をしようと思ったのですが、いつもは違うのですか?」

「いつもは私がしていますが、こんなおじさんの声より若い女性の声の方が皆さん喜ぶと思いますので、瑠璃様がどうぞ」


 私は一呼吸つき、交流会の司会を始める事にした。

交流会と聞いたから、てっきり立食パーティーかと思ったが場所は会議室でペットボトルのお茶しか用意されていない。

 「本日、話し合いたい議題に関して何か提案がる方はいらっしゃいますか?」


 私の言葉にプレミアムロイヤルホテル東京の総支配人の近藤さんが手を挙げ、口を開く。

「最近のインバウンド特需のお陰で各ホテル高い稼働率を維持できていると思います。つきましては来季から値上げを敢行しようと思うのですがいかがでしょうか?」


 近藤さんの言葉に若月さんが頷く。私は交流会の正体がおしゃべりではなく、情報交換が目的だと分かりバッグの中のICレコーダのスイッチを入れて録音を始めた

「うちは一室5万円を、7万円までつりあげる予定です」

 すると、サンダーボルトホテル東京の大森総支配人が意見した。

「1室、8万円にしても平気なのでは? それでも稼働率が8割超えるかみてみませんか? 夢の国も新しいエリアがオープンしましたし、世界的に見ると日本の夢の国は円安でお安く遊べて好評のようですよ」


 私は手を2回叩いて注意を引いた。


「皆様、この会合はカルテル談合に当たりますよ。なぜ、他のホテルと情報交換してホテルの宿泊料金を不当につりあげてますよね」


私の言葉に一瞬周りがしんとなる。


「意見の交換会は20年前からずっと行われてきたものです。航空業界でも行われてませんか? 赤組も青組も同じようなタイミングでセールをして同等の価格で販売をしてますよね」

 若月さんが冷たく言い放った言葉。

彼の言葉を解釈すると、航空業界もカルテル談合をしていると主張したいのだろう。

そのような事は一保安要員でしかなかった私には分からない。



「それは閑散期でセール価格でテコ入れしなければいけない時期が同じだからではないですか? 私は航空機のCAという立場でしたので経営に関しては存じ上げませんが、このような不当な意見交換はしていないはずです」

 私の言葉を聞くなり若月さんは小さな声で言い放った。


「分からないなら、黙ってろよ。素人が⋯⋯」


「黙りません。独占禁止法に反します。カルテルとは健全な競争原理を破壊するものであり、国民経済の民主的で健全な発達の促進を阻害するものです」

「賢いんですね。流石、学者の娘」

 若月は私のプライバシーを随分知っているようだ。

私は彼のことをエンペラーホテル東京の総支配人としか知らないのに気持ち悪い。



「義務教育で皆、学んだことかと思います。このような事をされるのであれば、当ホテルは今後交流会には欠席させて頂きます。また、当ホテルを談合の場としてお貸しする事はできません。今日はこれで解散とさせて頂きます」

 私はざわめく各ホテルの総支配人を背に会議室を出ようとした時だった。

「瑠璃さん? どうかしましたか?」

扉から入ってきた園田リゾートホテルの社長である一樹の父親と目が合う。

 その色素の薄い瞳に一樹を思い出す。

「離婚という選択肢をなくして欲しい」、言い逃れも難しい不倫疑惑があった私に彼が言った言葉。


「園田社長こそ、どうしました?」

「今日は瑠璃さんが交流会に出ていると聞き、私もお邪魔しようかと思って来てしまいました」

柔らかな微笑みに、先程までの緊迫した雰囲気が解かれてく気がする。

(私のやり方じゃダメだ)


 私は今、園田リゾートホテルズ東京の代表として交流会に出席している。

この交流会の実態が談合だとしても、こんな風に一方的にねじ伏せるやり方はまずい。

私はルリさんのいう通り、知らずに軽蔑する父に似てきてしまっていた。


「そうなんですか、今、私の隣に席を用意しますね。若輩者として今、私はホテルの世界を学ぼうと思ってたところなんです」

「そうでしたか。瑠璃さんは本当に勉強熱心ですね。私も学ばなければいけないな」

 一樹の父親も伝統あるホテルの社長をしているだけあって、貫禄がある。ここにいる東京都内名ホテルの総支配人と彼には格の違いを感じる。

私は一樹の父親に対して、見下されてると感じたり嫌な気分になったことがない。そして、彼が来た途端、周りの空気が一気に柔らかいものになった。



 今、私は結構苛立っている。でも、ルリさんを自分の中に降臨させ、この場をうまくおさめる事にした。

難攻不落と言われた男を一晩で落とし、ケチな私の財布から高額な買い物をしても何も言わせない魔性の癒しの力。

 私は自分の言い分を通し、尚且つここにいる私を下にみるホテルマンたちを敵意を持たせず落として見せる。

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