エンペラーホテルの若月さんが困ったような顔をして発言した。
「園田社長、お世話になっております。実はそちらの瑠璃さんと少し言葉の行き違いがありまして」
やはり、先程「瑠璃様」と呼んだのは私をおちょくってたらしい。
急に呼び方を変え、低姿勢になった彼に対してイラッとくる。しかし、私は努めて対話を試みる事にした。
「先程は失礼致しました。稼働率や宿泊料金といった情報交換を見てカルテル談合だと捉えてしまったのは、私がホテル業界に無知であるが故です」
あくまで謙虚に控えめに、それでも言いたい事は言う。
私の物言いは偉そうで生意気に聞こえやすいとは理解している。
「稼働率や宿泊料金? そのような情報交換をしていたのですか?」
「いや、それはですね。その話の流れでそういった話題が偶々出ただけですよ」
園田社長の目が鋭くなる。するとサンダーボルトホテル東京の大森総支配人が慌てたように取り繕う。
エンペラーホテル東京の若月総支配人も、プレミアムロイヤルホテル東京の総支配人の近藤さんも冷や汗を流していた。
ここで、一つの仮説が出てくる。
一樹の父親も10年前社長に就任する前は園田リゾートホテル東京の総支配人をしていたと言っていた。
その頃は、本当にこの会は交流会でしかなかったのではないだろうか。
しかし、この5年くらいのホテル業界はコロナ禍の不況からインバウンド特需とジェットコースターのような変化に見舞われた。
そんな中、不安を吐露し始め、不適切な協力関係が生まれてしまった可能性がある。
「まずい」と思ってしていた話だからこそ、園田社長が現れた途端にしどろもどろになってしまった。
「園田社長、私より皆さんに提案して良いですか?」
「もちろんです。今日は瑠璃さんがこのホテルの代表ですから」
にっこり微笑んだ園田社長に促されるように私は口を開いた。
「私はホテル業界の素人ですが、サービスはお客様目線で提供されるべきだと思います。ホテル側が利益を追求し談合し、値段をつりあげて一時的には儲かるかもしれません。同じホテル業界同士で助け合おうという仲間意識が生まれたのは、コロナ禍という厳しい時を過ごしたからだと思います。でも、その仲間意識は間違ってます。もっと、より良いサービスをお客様目線で考える方向で発揮しませんか?」
私の言った言葉に皆、納得は仕切ってないようだが拍手が起こる。
「⋯⋯チッ、偉そうに⋯⋯」
エンペラーホテル東京の若月さんの呟きは私の耳に入ってきた。
売られた喧嘩を買いたくてウズウズしたが我慢する。
「若月総支配人、何か意見がございますか?」
「いえ、特には、ただ、瑠璃さんの振る舞いがまるで園田リゾートホテルズ東京の代表のようで驚いただけです。まだ、ホテルの仕事をして1年も経ってませんよね。先程も、社長が来られる前に、交流会には園田リゾートホテルズは今後参加しないとまでおっしゃってましたよ。何の権限があって、そのような事を言うのかとお節介ながら思ってしまいました」
若月さんは本当に私が気に入らないようだ。ルリさんの控えめな癒しの力を降臨させる前の私の言動を密告されてしまった。確かに自分でも生意気な物言いだったと反省している。
「お節介とは?」
柔らかく温和な声だけれども、どこか冷ややかな園田社長の声に緊張感が走った。
「⋯⋯やはり、美しい女性の前だと甘くなってしまうのかなというのが感想です。私が若い頃、同じような事を言ったら若造が生意気だと一喝されてましたよ」
若月さんの言葉に、私は凹んだ。ホテルのことを懸命に考えて仕事をしてきたが、認めてもらえるには時間がかかりそうだ。
「若月さん、発言には気をつけてください。人の容姿をどうこういうのはセクハラ発言ですよ」
園田社長の予想外の指摘に、若月さんは焦っていた。
「私は、美しいと褒めたんですよ」
「私には褒めているように聞こえませんでした。瑠璃さんも不快に思ったでしょう」
頷く私にを一瞥した園田社長はそのまま続ける。
「瑠璃さんの判断は当ホテルの判断。この会合が不適切で公正取引委員会の調査が入るかもしれないと思ったのでしょう。交流会は今後当ホテルは不参加でお願いします。本日は解散ですね」
園田社長はそう言うと、会議室の扉を開く。
参加者達が私と彼に一礼しながら出て行った。
皆がいなくなった会議室で私は園田社長に頭を下げる。
「園田社長、すみません。交流会は意味があってしていたものですよね」
「いや、どうなんでしょう。私は以前から交流会はいらないと思ってました」
「そうなんですか?」
驚きのあまり頭を上げると、園田社長は手を口に当てながら少し笑っていた。
「今日の瑠璃さん、何だか雰囲気が柔らかいですね。尖ってないというか」
「えっ? 私、いつも尖ってますか?」
「すみません。余計な事言いました。尖ってないです」
ふと開け放った扉の外から、視線を感じる。
するとお着物姿の義母が立っていた。
「瑠璃さん!」
私と目が合うなり小走りで義母が近付いてくる。
「お義母様、お疲れ様です。今日もお稽古ですか?」
「今日はお華の展覧会に来たのよ。それよりも、瑠璃さん。あなた妊娠してるんじゃない?」
「してないと思います」
義母は相当私の妊娠を待ち侘びているようだが、避妊をしているし兆候もないので妊娠はしていないはずだ。
「でも、雰囲気が柔らかくなったって事は体がママになる準備をしてるのかもしれないわ。言われてみればお顔がいつもより優しいもの」
私は義母の畳み掛けるような物言いに圧倒されていた。
(私っていつもそんな険しい顔してる?)