「瑠璃さんの意図が分かりました。この日本人限定フロアーというのも会員カードで予約したお客様限定のフロアーにするという事ですね」
椎名亨が手をトントンしながら話している。
手の動きがそろばんを叩いているのが分かった。私はこの策で利益の確保と顧客満足度を手に入れられると思うが彼の判断はいかに。
「はい。姫路城のように外国人価格と日本人を分ける訳ではありません。会員カードも日本に住所を持っている方なら作れる公平なものです」
「大浴場は会員以外は2000円は高くないですか? 露天風呂でもないのに⋯⋯」
園田リゾートホテルズ札幌の総支配人が首を傾げる。札幌は露天風呂があるからいいが、他のホテルはただの大浴場だからマズイという意見。
彼は前の会議では自分のホテルの事しか考えていなそうに見えたのに、今は園田リゾートホテルズ全体の事を考えてくれている。
「年会費無料の会員になれば無料です。ホテル会員が増えると思います。そして、円安の今、2000円は外国人観光客にとったら高くありません」
私の言葉に周囲が頷きながら、ガヤガヤし始める。
「確かに、インスタグラマーがハワイでバスタオルが5千円だったって言ってたわ」
「ラーメン、3500円とかも聞くよな」
苦戦を強いられると思ったが、私の提案は受け入れられそうだ。
「瑠璃さんの提案、私もとても良いと思います。瑠璃さんは、いつも顧客目線の素敵な提案をしてくれるね」
園田社長の言葉に拍手が巻き起こり、私は照れ臭い気持ちになる。
「皆さん、今は、どんどんホテルの値を吊り上げてもお客様は付いてくるのではと思われているかもしれません。でも、5年後、10年後、今の状態が続く訳ではありません。毎年、結婚記念日に当ホテルを使ってくれているお客様が離婚するまで使い続けてくれるようなホテルにしたいと思ってます」
私の言葉になぜか笑いが起きた。
(?)
「離婚するまでというか、新婚から金婚のお祝いまで使い続けて欲しいですよね。瑠璃さんって、偶に面白過ぎです。セクシー女優知らないし⋯⋯」
椎名亨が笑いを堪えながら、ツッコミを入れてくる。
笑われて少し恥ずかしいが、場が柔らかくなって嬉しい。
CAをしていた時も、私がいると緊張すると後輩に言われて来た。
もしかしたら、少しは人を癒せる自分になって来たかもしれない。
「瑠璃さんのいう通り、目の前の利益ではなく、ずっと先を見据えることがホテル経営にとっては重要です」
園田社長のお褒めの言葉にドキッとしてしまった。
義母がゆくゆくは私にホテル経営を任せるような事を社長が言っていたと言っていたが流石に冗談だろう。
経営学を専攻していた訳でもない、元CAだ。
園田リゾートホテルズの総支配人達は私に温かな視線を送ってくれるが、午前中の他ホテルの方は冷ややかだった。
私も素人のルリさんがCAとして乗務した事に嫌悪感を感じたし、ホテルに長く従事した方が私に嫌悪感を感じるのは当然。
私にホテルの舵取りを任せるなんて、冗談に決まっている。
「もう1つご提案があるんですけれど、宜しいですか?」
私が再び企画書を配る。
「瑠璃さんっていつ寝てるんですか?」
園田リゾートホテルズ博多の総支配人の女性に声をかけられた。
「徹夜はしないようにしてます。夫との約束なので」
「仲が良いんですね。ご馳走様です」
「⋯⋯?」
「美男美女で素敵な夫婦ですよ」
椎名亨の言葉に、なぜか周りがホワホワと盛り上がっている。
仕事に関係ない話だが、適度な雑談は場を和らげるらしい。
「私が提案したいのは、『ホテルに託児所を併設』する計画です。試験的に東京から始めてはどうかと思います。現在、コロナ禍で大量に従業員を解雇した事もあり、慢性的な人手不足が続いています。そこで、企業主導型の保育園を設置してはどうかと思うのです」
「子育て世代の女性の雇用は良いかもしれませんね」
園田社長がいつになくニコニコしている。この流れだと、いかにも私が子供を産む為に託児所を設立しようと提案しているようで恥ずかしい。
「3ページ目を見てください。ディナープランやエステを申し込んだ方に関して一時預かりなどのサービスも考えています」
「うちのフレンチレストランは今までお子様連れをご遠慮頂いてましたが、託児所ができれば新しい顧客も発掘できますね」
椎名亨が載ってきた。お子様連れを断ってきたが、それでも連れてきてしまうお客様がいてトラブルになった事もある。
うちのホテルのフレンチレストランが提供しているのは3万円以上のコースからでカップル向きなムーディーな雰囲気。
完全なフルコースで雰囲気も良くプロポーズに使うお客もいたりする。
子供の騒ぎごえがしてしまっては他のお客に迷惑だが、気に入って毎年記念日に来ているお客様が子供を理由に足が遠のいてしまうのも悲しい。
「それに加えて、近くの産婦人科との連携も考えています」
うちのホテルのエステは産後エステもやっている。今までは近隣の託児所やベビーシッターに預けていたお客様にも便利になる。
「成程、託児所は以前から私も考えてましたが、瑠璃さんの提案は細部まで具体的で素晴らしいですね」
「ありがとうございます」
園田社長に褒められて、私は恐縮した。一樹の家は褒めて育てる方針なのだろうか。
「園田社長、いよいよお孫さんに会えそうですね」
「椎名君、それはセクハラ!」
隣で繰り広げられるやり取りに私はプレッシャーを感じていた。
私の提案が通ったが、上手くいくかは未知数。そして、子供⋯⋯。