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第91話 姫と王子の恋愛脳

 今日は一樹が休みだったので、帰宅をしたら美味しいご飯の匂いがする。

 ビーフストロガノフに、キッシュ、ニース風サラダ。

一樹の作る洋食は味がはっきりしていて、美味しい。


「わー! 美味しそう。一樹のビーフストロガノフ大好き!」

手を洗いダイニングテーブルの前で手を合わす。

「どうぞ、召し上がれ」

一樹が私を嬉しそうな顔をして見ている。彼は私の見た目が好きと最初に言った通り、いつも幸せそうに私を見る。

(でも、今日は一段と甘い⋯⋯そんなに私が好きか?!)


 正直、私が男なら私のような可愛げのない女は選ばない。

 甘えたりもできないし、頭の中は仕事のことばかりだ。一樹が私のことを本当に好きなのは伝わってくるので、寂しい思いをさせている気がする。

 ワーカホリックなのは父親の遺伝だと思っていたが、ルリさんみたい夢見る可愛い女の子になる道もあったらしい。

 私としては、一樹を失いたくないので、彼の前では仕事を忘れ彼のことだけを考えるように心掛けたい。


 キッシュを一切れ口に入れる。

(パイ生地から作ってる⋯⋯)

 一樹は最初は男の料理って感じのものばかり作っていたが、最近はオーブン料理や凝った料理も作るようになった。

「このキッシュ美味しいね。こないだの野菜のゼリー固めも綺麗で素敵だった。一樹、料理の腕上がったんじゃない?」

「瑠璃から褒めて貰えるなんて嬉しい。今日は休みだったから、瑠璃に何を食べさせようって色々考えてたんだ。デザートにアサイーボールもあるよ」

「そうなんだ。ありがとう」


 アサイーとはブラジルのスーパーフード。私に栄養あるものを食べさせようとしている彼の意図を考える。

前回、彼が作ったのはパンナコッタ、その前はティラミス。昔、流行したイタリアンデザートから、急な健康を意識したデザートへの転換。

行動の変化には必ず理由がある。

(一樹も早く子供が欲しいってことだよね)


「一樹、ホテルに託児所をつくることに決定したよ」

「ホテルに託児所?」

 一樹の目が期待でキラキラしている。私は彼を喜ばせることに成功したようだ。



「完成して開くまでに1年は掛かるかな」

「それは、俺達の子作り計画の一貫だよね」


「まあ、そうかな。近くの産婦人科と提携して、下の子を出産の時に上の子を預かったりもできるようにする予定」

「子供は2人以上を考えているってことだよね」

「今、託児所の計画の話をしてるんだってば! まだ、1人も産んでないのに、2人目のことなんて考えられない」


一樹は、いかにも子供好きなパパになりそうだ。子供の話になった途端、嬉しそうにしている。温かい家庭を知らない私でも彼とならほっとする家庭が作れそうだ。

でも、パイロットの仕事の性質上、子育ての参加には限界がある。

やはり、私の方で義母と連携をとり、育児計画をしっかりしとくべきだ。


「楽しみだな。早く瑠璃との子が欲しい。今日から子作りしちゃう?」

小首を傾げてオネダリしてくる彼は可愛いが、甘い。

今の私達の生活でプラスワンが増える事がどれだけ大変か理解していない。


 以前の私なら、その甘さを詰めただろう。

でも、彼の微笑みを見てると、そんな気が失せてしまう。

義母が彼に甘くしてしまうのも分かる気がした。



 ホテルは赤字経営が続いてたと言うことを話せば、一樹さんはパイロットを辞めて家業を手伝う選択をしたに違いない。

でも、義母は彼に家業を継いで欲しい気持ちは伝えても、あくまで一樹さんに無理強いはしなかった。

 ここのタワーマンションの部屋は一樹さんの親からのプレゼント。

一樹が空に近い部屋が良いと40階の部屋を選んだと、同棲初日に彼を詰めていた時に聞いた。


 お金の苦労もしたことなければ、欲しいものを買ってもらい、好きなことを仕事にしたおぼちゃま。

私とは全然違う人生を送ってきた男が、私の運命の相手だとは思っても見なかった。


私にはない真っ直ぐで純粋な心と一途さは愛おしい。


「そんな甘えて来ても駄目。もっと、色々詰めてからじゃないと。託児所ができても、保育士の確保の問題もあるから」

 甘いムードを相変わらずぶった切ってしまった私。

 子供の話をしようと思って託児所の話を出したら、また頭の中が仕事でいっぱいになってくる。


(一樹は私の王子様、王子様、王子様、王子様⋯⋯)

ルリさんの真似をして、姫と王子の恋愛脳を作ろうとするも、うまくいかない。

 客観的に見て、一樹と結婚したい女はいくらでもいそうだ。

料理も上手で、優しくて、面白い。一緒にいて温かい気持ちになれて幸せを感じる。


 世の中ギブアンドテイク。


与えられるばかりでなく、私も彼に温かく幸せな気持ちを感じて欲しい。



「瑠璃!」

 急に後ろから抱きしめられて心臓が跳ねる。

思わず、食事中立ち上がることを注意しようとした言葉を飲み込む。


「な、何? びっくりした」

「母から聞いたんだけど、瑠璃の世界に男は俺だけなの?」

「えっ?」

世の中には随分、仲の良い親子が存在するようだ。

私が昼間に柏木撃退の為に言った言葉を義母は一樹にバラしていた。

(だから、今日は一段と甘い感じだったのね!?)




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