甘い空気がこそばゆい。
私はそのような雰囲気が苦手。
「お義母さんから聞いたの? あれは、柏木店長がしつこかったから、離れて欲しいと言った言葉で⋯⋯」
自分の口を塞いでしまいたい。
どうして私はこんなに可愛くないのだろう。
ルリさんなら、絶対もっと上手いこと言って彼を虜にする。
彼を手放せないと思いながらも、生意気で可愛げもない自分に辟易としていた。
一樹が私の目をじっと見ている。
彼は私の夫で家族なのに、なぜこんなに私は緊張して鼓動が早くなっているのだろう。
「私、しつこい男って嫌い。柏木店長も親切に見えたけど、どうして今も私に声を掛けてくるのか意味不明。男ってなんで、あんなに粘着質なんだろう」
私の言葉に一樹が目を丸くする。
「それは、瑠璃が魅力的だからだよ。もしかして、俺もしつこいって思われてる?」
私を抱きしめる力を強める一樹。
私はますます緊張した。
「しつこいだなんて⋯⋯私はもっと一樹に執着して欲しいくらいだよ」
「執着し過ぎなくらいしてると思うけど、もっとしても良いの?」
「いいよ。私だって、他の子と食事行かないで欲しいとか言ってる訳だし」
考えて見れば私の要望は彼を縛っている。
仕事上、彼が誘いを断り続ければ付き合いが悪いと悪評がたつかもしれない。
一樹が私の頬を両手で覆いキスをしてくる。
私はそれに必死で応える。恋人期間を終え、夫婦になってもこんなに愛は熱烈に続くものなのだろうか。
「一樹? 私、不安なの」
私は激しいキスの合間に彼に不安を吐露した。
「不安? 俺も不安だよ。いつも瑠璃を誰かに取られるかもしれないって思ってる」
一樹の不安は私と全く同じ。
女性に囲まれる職場。一樹は非常にモテる男だと私が一番よく知っている。
「私も一樹を取られそうで怖い。他の女の子と食事に行かないで欲しいなんて言って私の事を重く思ってたりしない?」
パイロットにコーパイに群がる複数の若いCA。
既婚だと分かっていても、一樹に惹かれる女の子はいる。
私のような干からびた女でさえ彼を好きになったのだ。
「そんな事考えてたの? 俺が他の女に靡くなんて天地がひっくり返ってもあり得ないよ。それくらい瑠璃に夢中なんだ」
私をバックハグしている彼の表情が気になった。
どんな表情でこんな恥ずかしい程の溺愛宣言をしているのだろう。
チラリと後ろを見て覗き見た彼は目を瞑っていて、ホッとした。
長いまつ毛に彩ろられた瞳と目が合ってしまったら、ドキドキして卒倒してたかもしれない。
「私より素敵な子なんていくらでもいる。本当に目移りしない?」
「瑠璃より素敵な子なんていないよ。少なくても俺にとっては瑠璃は最強の女だ」
私をまっすぐに見つめてくる瞳を見つめ返す。
私は最強なんかじゃない。
結構、人に嫌われるし、偉そうな割に力もない。
ルリさんのような可愛げを目指しても、笑われるだけで上手くできてない。
「一樹、あなたにとって最強であれば、誰に笑われてもいいや。大好き」
私は食事をする手を止めて彼を抱きしめる。
自分の能力以上に求められている職場。相変わらず可愛げがない自分。
上げればキリが無いほど、私は何も上手くできていない。
一樹が私を骨が折れるくらい強く抱きしめ返す。
「俺の方が絶対好き」
「知ってる。でも、私もちゃんと一樹が好きだよ。私、貴方と出会ってなかったら、きっと恋を知らなかった」
自分でも自然に出てきた言葉。
一樹は私が10年以上も付き合ってきた元カレを知っている。
それなのに何を言っているのかと思うが、私にとっては本心だった。
傑と付き合い結婚することは、それが恋愛結婚のルートだと思ったからだ。
傑を好きだったかと問われれば、私は全く頷けない。
彼に抱かれた時も親への罪悪感から苦痛で私は固まっていた。
一樹との始まりは全く違う。
ワンナイトという、私とは無縁なことから始まった彼との始まり。
ルリさんが作った奇跡のような運命。
自分でも無感情だと思っていた私には感情があり、私は一樹に恋をした。
その恋の大きさは、一樹に比べれば小さいかもしれないが私にとっては大きな出来事。
「瑠璃、それは俺も同じ。嬉しい瑠璃が俺と同じ気持ちでいてくれる」
一樹の歴代彼女は絶対に存在する。
彼はモテるし明らかに童貞ではなかった。
それでも、私が初恋だという彼の言葉を私は信じたい。
(まあ、本当の初恋はルリさんだけどね)
私は急に脳が沸騰し、彼の頬をつねる。
キョトンとした彼が可愛い。なぜつねられたかも理解できないだろう。
「私と同じ見た目の女の誘惑にも乗らないでね」
私の言葉に一樹は目を丸くしていて、私は彼のびっくり顔を見て笑ってしまった。
彼は永遠に自分の心を最初に奪った女が私ではなく、ルリさんだということを知らない。
負けず嫌いの私は自分から彼に熱烈なキスをした。
普段受け身の私の行動に驚いた彼は、ビク付きながらも私のキスに応える。
「瑠璃、好きだ」
「知ってる。私も好きだよ。一樹」
私達は狂ったようにお互いを求め合うも、私は彼に避妊を要求する。
ムードに流されてくれない堅物頭はいつだって回っていた。