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第93話 エゴサーチ

 早朝3時。目が覚めると隣に寝ている一樹を置いて私は書斎へと向かった。

頭が完全に仕事脳に戻っている。


 目まぐるしく変わる世界情勢をチェック。

「一時的に円高になっているけど、これで海外旅行行く人なんているのかってくらい円安⋯⋯」

10年ほど前、私が大学生だった時は1ドル120円程度。

今は150円程度を推移し、140円台だと円高になった感覚。


 現在、アラサーの私でさえ円安で海外旅行は躊躇する。

リーマンショックの時は円は米ドルに対して80円台。

その時代を知っている人からすれば、とんでもない円安状態だ。


 今年はゴールデンウィークも間に平日が3日も入っている。

国内旅行需要が高まる中、やはり、日本人優遇プランが間違ってなかったと思いたい。


 怖いのは物価高で、そもそも旅行自体を控える人が多そうなところ。

そうした時に、やはり直ぐに損切りしインバウンド需要を取り込む形に軌道変更できるようにした方が良い。

私は自分の策が失敗した場合の対策資料を作っていた。


扉をノックする音がして、振り向くとエプロン姿の一樹がいた。

「瑠璃? 早起き過ぎ。ちゃんと寝た? ご飯できたけど、食べる?」

「えっ? もう、そんな時間?」

 時計を見ると朝の6時半。


「ごめん、私が作ろうと思ってたのに」

「瑠璃は今日も仕事でしょ。俺は休みだし」

「う、うん」

 一樹は3連休だ。

シフトが出た時に、旅行に行くか提案されたが断ってしまった。

 本当なら有給休暇が有り余ってるから使うべきなのに、私は仕事を休みたくない。

新婚旅行も延期し、旅行のおねだりもつっぱね、朝起きたらベッドを抜け出している妻。


(本当に可愛くないよな)


「なんか、瑠璃の仕事風景ってトレーダーみたいで、カッコイイな」

 調べ物をしながら仕事をしているから、液晶画面が3台ついている。


確かにデイトレとかやってそうな雰囲気だ。


「いやいや、パイロット姿の一樹には負けるよ」

彼の制服姿を思い出して、ドキドキする私はちゃんと彼に恋をしている。

もっと、ルリさんみたいに如何にも恋してる女の子みたいに可愛くありたいのに上手くいかない。


「何調べてたの? 瑠璃様について?」

揶揄うように言ってきた一樹の言葉。

「瑠璃様? 私、界隈でそう呼ばれてるらしいね」

「瑠璃ってエゴサとかしないの?」

「エゴサってエゴサーチだよね。どうして、自分の事調べるの? 自分の事は自分が一番分かってるのに」


 私の疑問に一樹が「瑠璃らしい」と笑う。

「ちょっと調べてみる『瑠璃様』!」

 急に思い立ち『瑠璃様』をリアルタイム検索する。


ずらっと出てきたツブヤイターの画面に私は固まってしまった。


『瑠璃様、この間、ストリングスカフェ銀座で若い男密会していたの見たよ。多分旦那じゃない』

『瑠璃様と不倫したい俺⋯⋯』

『瑠璃様、3回は離婚しそう。美人だからモテるけど、気が強くて離婚を繰り返す典型』


「わ、悪口書かれてる? なんで?」

 私は動揺していた。

そういえば、一樹が前に私がCA時代も同僚に陰口を叩かれていると言っていた。

私自身、昔からいつの間にか嫌われている事があるが理由は分からない。

ズッ友だと思っていた百田美香と伏見佳奈も私をどこか嫌ってたから、結婚式で私を貶めるような振る舞いをしたのだろう。


「瑠璃、気にする事ないよ」

「流石に気にするかな。私って気が強いよね⋯⋯一樹は私に耐えられてる?」

「1年の訓練が済んでるから、大丈夫!」

 一樹は本当に天然だ。全くフォローになっていない。園田社長に頼まれてメディアに出るようになったが、人からこんなにも見られているとは思わなかった。

そう感じるのは、私が実は自分にしか興味のない人間だからかもしれない。


「不倫疑惑は払拭したい。これって、どうやって書き込むの?」

「書き込んじゃダメだよ。本人降臨って言われちゃうよ」

 私はツブヤイターをやっていないから、アカウント登録からしなければいけないだろう。

そもそも登録したところで、アカの他人に呟きたいことなど皆無。

それにしても、本人が否定しては駄目なんて難しい。


 落ち込んだ気持ちでポチッと更新ボタンを押すと、新たな呟きが見られた。

『ストリングスカフェ銀座の店長です。店の公式アカウントから失礼します。姉妹店がある園田リゾートホテルズ東京のカフェで僕の開発したチョコレートカクテルを販売中です。是非来てください』


「柏木店長だ」

「ハッシュタグで瑠璃様付けてるね。不倫疑惑払拭してくれたのかも」

「そうなの? 意外と早起きな上に、親切なところもあったのね柏木さん」

 一樹の言葉にポチリと更新ボタンを押す。柏木さんの呟きは店の宣伝も兼ねてて素晴らしい。

親切過ぎて寝ている私をお持ち帰りしたのは困ったが、私も不用心だったと反省。


『瑠璃様を信じ続けた俺の大勝利。仕事でストリングスカフェ銀座を訪れてただけだった』

『すまん、確かに瑠璃様、安定の色気のないパンツスーツ姿でカフェにいたわ。デートじゃないな』


「安定の色気のないパンツスーツ姿?」

 私はまたショックを受けていた。確かにあの日私はグレーのパンツスーツ姿だった。

女性らしい格好を心がけても2日で、パンツスーツに戻ってしまう。


一樹が私の目を手で覆ってくる。大好きな大きな手。


「瑠璃って実は結構、繊細だよな。エゴサーチ禁止。俺は瑠璃が不倫なんかしない真面目な子だって知ってるよ」

 私の事は私が一番よく知っていると思っていたが、一樹の言う通り意外と繊細なのかもしれない。

(エゴサーチ始めると止まらん⋯⋯もう、やめよ)


「一樹が知ってくれてれば良いや。早く一樹の作ったご飯食べたい」

 私は彼の両手首を掴んで手を外させ、その手をぎゅっと繋いだ。


(この手は離さないわ。気が強くて離婚繰り返す典型だと?!)


 私は彼の前では可愛いくいようと改めて誓うのだった。




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