あれから1年。無事に託児所が完成し、企業主導型保育園として開園した。
今日は一樹が休みなので、私も休みを取り昼間からソファーでイチャイチャ。
相手に休みを合わせて家でゴロゴロなど、彼と出会う前の私では考えられないことだ。
「瑠璃、もう柏木礼司もしつこく迫ってきたりしない?」
「大丈夫。他の男の話とかしないで」
私は彼を一樹を安心させるように両手で頬を包みキスをする。
私も随分大胆になったものだ。
柏木礼司は、今もことあることに口説いてくる。
軽口で本気には見えないし、私に断られるのを分かってて誘惑している気がしている。
「瑠璃って本当に可愛いこと言ってくれるようになったね。俺の事をどんどん好きになってくれてる証拠だよね」
私の髪を愛おしそうに撫でながらいう一樹。
これが結婚して1年以上経つ夫婦の会話なのかというくらい甘い。
私は彼の前では可愛くあろうとした。
その成果が出ているのかもしれない。
「元から好き。私は最初から好きだよ一樹の事!」
私は今とても欲張りになっている。
私は初めて彼を見た時から、うっすらと好意は持っていた。
それなのに、彼にとって始まりは私ではなくルリさんとのワンナイト。
その事実に非常にモヤモヤするし、このモヤモヤは一生続きそうだ。
「瑠璃! 可愛過ぎ!」
一樹に「可愛い」と言われると素直に嬉しい。
彼が私を横抱きにする。
このままベッドに行くのだろうか。託児所もでき義母と子育てに関する協力の話もできている。
(子作り解禁しているし、そうだよね⋯⋯)
私が緊張しながら、彼の首にしがみついた時だった。
リビングテーブルに置いてある、スマホが光る。
「園田社長からだ? ごめん、一樹、降ろしてくれる?」
「父から? そんなの後で」
「ごめん、仕事だから」
一樹にとって園田社長は父親だが、私にとっては上司。
そして、園田社長が私に電話をかけて来るのは珍しい。
ソファーにゆっくり降ろしてもらうと、私は直ぐに通話ボタンを押した。
『瑠璃さん、繋がって良かったです。都内ホテルの交流会がカルテル談合という事で、公正取引委員会の調査が入ることになりました』
私は慌ててテレビをつけると、ちょうどエンペラーホテル東京の若月さんがインタビューに応えていた。
『ただの交流会ですよ。最近どうですか的なのは他の業界もやってるでしょ。宿泊料金の情報交換なんてするわけないじゃないですか』
私はのらりくらり追求を交わす若月さんに苛立った。
『園田社長、調査対象のホテルにうちのホテルは入ってませんが、調査に協力しませんか? 私、1年前に行われた談合の証拠を録音しています』
『⋯⋯』
『園田社長?』
『瑠璃さんは本当に凄いな。正直、私は知らぬ存ぜぬを通すつもりだった。ウチに火の粉がかかる訳ではないし、同業としてやってきたホテルを売るような真似はできないと思ってね』
『黙ってたら、火の粉はかかると思います。1年前までうちのホテルも参加していた交流会です』
あの時に私が指摘したのに、未だ交流会を続けていたホテルは自業自得だ。
『瑠璃さん、今後について相談したいんだが、今日は出て来れるかな?』
『もちろんです』
電話を切ると、一樹が寂しそうに私を見ていた。
「一樹、ごめん。今から仕事に行かないと」
「分かってる。瑠璃は仕事が大事だもんな」
「仕事も大事だけど、一樹も大事! 本当は行きたくないよ」
「じゃあ、行かなくて良いんじゃないの? 瑠璃がいなくても大丈夫でしょ。父もどうして瑠璃を頼るのか」
一樹が何気なく言った言葉に私は頑張りを否定された気になった。
「一樹は自分が行かないと飛行機が飛ばないって意識で働いてない? 前に私の母に私がいないと運行に支障が出るみたいに言ってくれたの嬉しかった」
「ごめん、瑠璃、そんなつもりで言ったんじゃ」
「そうだよね。ごめん行くね」
甘い1日を過ごすつもりだったのに、私は仕事を優先する。
後ろ髪を引かれる思いがしても、スーツに袖を通すとお仕事モードになってしまった。