「一樹さん、もしかして迎えに来てくれたの?」
私は義父の前だからあえて「さん」付で呼んだが、一樹に意図は伝わらなかったのか悲しそうな顔をされた。
「瑠璃様ってテレビ通りの堅物なんですね。一樹も恐縮してる。私、テレビで見て、瑠璃様は一樹のタイプじゃ無いって思ったんですよ」
真美さんの目的が分からないが、顔が可愛いが頭の悪そうな人だ。
二十代後半くらいの見た目だが、仕草がぶりっ子女子高生風。
はっきり言って、痛いし、あからさまな上目遣いが苦手。
でも、私よりずっと男受けは良さそうでモテそうだ。
「そうなんですか、一樹さんは真美さんのようなタイプがお好きなら、私は違うかもしれませんね」
正直、こんな絵に描いたようなバカ女が元カノだなんてショック。
彼の初めてはルリさんだったと言われた方がショックは薄かった。
「瑠璃?」
一樹が戸惑ったような顔をしていて、義父も頭を抱えている。
「私、仕事があるのでこれで失礼しますね」
「もしかして、プライドが傷付きましたか。私、一樹の初めての女なんです」
私は思わず義父の顔を覗き見てしまった。こんな軽薄な事を言う女を紹介された親の顔を見てみたい心境。
「そうですか。それは良かった。一樹さんと積もる話があるならどうぞ」
何と答えて良いか分からない。
彼女の目的は分からないが、ホテルのエントランスで言い合いもしたくない。
「瑠璃待って!」
立ち去ろうとした時に、一樹に手首を掴まれた。
「そういえば、一樹さんは何でここに?」
もしかしたら、彼は私を迎えに来たのかもしれない。
その途中で元カノに見つかってしまった恐れがある。
私は傑が家の前で待ち構えていた時に、彼に救われた事を思い出していた。
「瑠璃を迎えに来るついでに食事でもしようかと思って」
一樹が言い終わらない内に、真美さんが畳み掛けてくる。
「一樹って料理上手ですよね。食べたことあります?」
私は小蠅のように耳元でざわざわ囁いてくる真美さんを煩わしく思った。
彼女の目的は分からないが、私を不快にさせようとしていることは間違いない。
実際、彼女の企み通り、私は不快になっている。
「そのような事、貴方に答える訳ありませんよね。彼との思い出は何一つ教えません。初めての彼女でしたっけ? まあ、最初は貴方程度が良いのかもしれませんね」
私の言葉に小堺真美は顔を真っ赤にして「何よ。本当に女王様ね」と言って去っていった。自分でもどうしてこんな高飛車な言い方したのかは分からない。
ただ、彼の元カノの魅力が何一つ分からなかった。 傑の浮気していた桃華に似たブリブリした子。こういう子を遊び相手ではなく、恋人として付き合って親にまで紹介していた一樹。
彼の経歴から女性に疎いタイプだったのかとは思ったが、初めはこんな変な女に引っ掛かっていたらしい。ルリさんのような魅力200パーセントの女が元カノとして登場するより嫌だ。
「瑠璃、ごめん、なんか東京駅辺りで見つかって、着いてきちゃって。嫉妬とかしないで欲しい。本当に真美とはもう何も無いから」
申し訳ないが、2人の仲を疑いもしていない。男は好きかもしれないが、女から見れば分かりやすい地雷女。
「ごめん、全く嫉妬してない。むしろ、あんな子を選んでしまう貴方の女を見る目のなさが怖い。私を選んだのも失敗かもよ⋯⋯今日だって、ずっと楽しみにしてた約束すっぽかしたし」
突然の出来事に頭がぐちゃぐちゃだ。
ずっと楽しみにしていた2人のラブラブデー。
一樹に「可愛い」と言われて喜んでいたのも束の間、会社からの呼び出し。
無理筋と思ってた提案が受け入れられて緊張していたら、ブリブリな変な女の襲来。
私が一樹と出会ったのは、彼がパイロットになってから。
その時には難攻不落の男と周囲からはされていた。
小堺真美は背が低かったし黒髪で、華美なネイルもしていないから地上勤務の子だろう。
うちの航空会社は清潔感を重んじてヘアカラーやネイルには厳しい。それ故、清楚できちんとして見えるが地上には真美さんのような子もいたらしい。
あんな風な幼い仕草や舌ったらずな喋り方をした同僚がいたら私なら確実に注意する。
ご多分漏れず一樹も、ああいう男受け全開の子に引っ掛かった時代があったと言うことだ。
おそらく、真美さんのような子と付き合って女性が苦手になっていったと予想がつく。
嫉妬よりも、客観的に分析している自分は、やはり大嫌いな心理学者の父に似ているのかもしれない。
もっと可愛く「一樹の初めては全部私が欲しかった」みたいに嫉妬した方がラブ度は上がりそうだが、なかなか難しい。
「俺は瑠璃になら何度すっぽかされても良いよ。俺は瑠璃を追いかけてるのも好きなんだ。女の趣味が悪かったのは確かなんだ。俺、見た目でしか女を見られなくて⋯⋯」
「私にも見てるだけで楽しいから、中身は正直どうでも良いって言ってたもんね⋯⋯」
私達の間に気まずい空気が流れる。夫婦喧嘩はしたくないけれど、彼は本当はブリブリな女が好きかと思うと自分からは程遠くて虚しい。
「瑠璃さん、一樹、場所を変えて話させんか?」
義父が私達の間に入ってくる。
確かにホテルのエントランスロビーで話すことではない。
園田リゾートホテルズ東京の自慢のフレンチレストランの個室。
17時の開店前に開けてくれて、私達は3人でテーブルを囲んだ。
「先に言わせてくれる? 父さん、休みの日に瑠璃を呼び出さないでくれ。こっちは随分前から今日を楽しみにしてたんだから」
一樹の言葉に義父が眉を下げ、私を見てくる。
「すまなかった。一樹、でも瑠璃さんにはゆくゆくはホテルを預けようと思ってる。経営に関わる話は必ず彼女を交えてしたいんだ」
義父の言葉に私は固まってしまった。彼自身からホテルの後継だとはっきり言われると、流石に緊張する。
「何で? 瑠璃は手伝いはするけど、彼女に社長業なんてさせるつもりはないよ。これから、子供もできるって言うのに」
一樹の言葉に私は彼が自分をお姫様抱っこして寝室に連行しようとしていたのを思い出した。
「そうなんです。実は電話が来た時も⋯⋯」
私は社長になる自信がないのと緊張から、とんでもない事を義父の前で口走りそうになり顔から火が出そうな程真っ赤になってしまった。